挑戦で試されるのは自分ではなく、仮説である - 知るべきは実験の作法
「ちょっと難しい仕事をやってみない?」と言われたとき、面白そうだと感じる人もいれば、急に気が重くなる人もいます。新しい事業を立ち上げる、これまでより高い目標を持つ、経験したことのない役割を引き受ける。こうした挑戦に対する反応の差を見ると、私たちはつい「挑戦が好きな人と嫌いな人がいる」「自信のある人は挑戦できる」と考えます。
でも、本当に性格の違いなのでしょうか。
私は最近、挑戦に尻込みする理由のかなりの部分は、挑戦そのものではなく、挑戦をどういう出来事だと解釈しているかにあるのではないかと思っています。
挑戦を「勝負」だと思えば、当然怖くなります。成功すれば勝ち、失敗すれば負け。そして仕事の結果だけでなく、「自分にこの仕事をする能力があるのか」まで判定されるように感じるからです。高い目標を渡された瞬間、仕事の話だったはずなのに、いつの間にか自分の能力を証明する試験になっている。
そう考えると、挑戦の前に自信やモチベーションを欲しがる理由も分かります。試験を受けるなら、「自分ならできる」と思えたほうがいいからです。
けれど、ここには少し厄介なねじれがあります。
そもそも挑戦とは、まだ成功方法がよく分かっていない仕事です。やり方が分かっていて、手順通り進めれば結果が出るのであれば、それは難しい仕事ではあっても「挑戦」とは少し違います。未知があるから挑戦なのです。
ところが私たちは、やり方が分からない仕事を渡された人に、「成功できるかどうか」で自分の能力を証明させようとします。これはかなり無理のある設定です。
必要なのは、自信を増やすことより先に、未知を扱う方法を持つことなのではないでしょうか。
「成果を出せ」ではなく「方法を発見せよ」
この違いをうまく説明してくれる研究があります。目標設定の研究では、performance goalとlearning goalが区別されています。
performance goalは、「売上を20%伸ばせ」「この数字を達成せよ」という成果目標です。一方のlearning goalは、「成果を出すために有効な方法を見つけよ」という学習目標です。
やり方がすでに分かっている仕事なら、performance goalはよく機能します。速く走る、たくさん処理する、決められた品質を維持するといった仕事では、明確で高い目標が力になります。
ところが、複雑で未知性の高い課題では事情が変わります。何をすれば成果が出るか自体が分かっていないからです。そうした状況では、「成果を出せ」と言われるより、「成果につながる方法を発見せよ」と置いたほうが、探索や学習に意識を向けやすいことが研究でも示されています。
これは挑戦を考えるうえで、とても重要な違いです。
たとえば、初めて新しい市場を担当する人に「半年で売上1億円を作ってください」と言えば、それは壮大な勝負になります。でも「この市場で誰が最初の顧客になり得るのか、どんな提案なら反応するのか、いくらなら買われるのかを明らかにしてください」と言われれば、やることが見えてきます。
最終的には1億円を目指すとしても、最初の仕事は1億円を作ることではありません。1億円を作る方法を発見することです。
ここまでくると、挑戦は勝負というより、かなり実験に近くなります。
「とりあえずやる」と「実験する」は違う
ただし、「挑戦は実験だ」と考えるだけでは十分ではありません。
よく「失敗を恐れず、まずやってみよう」と言われます。もちろん、何もしないよりはいい。でも、試行回数を増やせば自動的に学べるわけではありません。
実験には作法があります。
まず必要なのは、何が分からないのかを一つに絞ることです。
新しいサービスが売れないとしても、「サービスが悪い」というだけでは何も分かりません。対象顧客が違うのか、困りごとが弱いのか、価格が高いのか、説明の仕方が悪いのか。それぞれ別の仮説です。何を確かめたいのかを決めないまま動けば、結果が良くても悪くても理由が分かりません。
次に、仮説を文章にします。
「中小企業の経理担当者は、月3万円ならこのサービスを買うのではないか」「この機能を追加すれば利用継続率が上がるのではないか」。仮説が言葉になれば、初めて何を試せばよいかが決まります。
その次は、できるだけ小さく試すことです。
いきなり完成品を作る必要はありません。顧客候補10人に聞く、簡単な試作品を見せる、営業メッセージを二種類試す、限定された部署だけで運用してみる。重要なのは、成功に必要なものを全部作ることではなく、今の仮説を確かめるのに必要な最小限の試行をすることです。
そして忘れやすいのが、試す前に何を見るかを決めておくことです。
「反応がよかった気がする」では、実験になりません。10人中何人が興味を示したら次へ進むのか。利用率を見るのか、継続率を見るのか。売上は上がっても問い合わせが急増したら失敗とみなすのか。良くしたい数字だけでなく、悪化してはいけない数字も決めておきます。
最後に、結果に応じた次の選択肢を先に用意しておくことです。
反応が良ければ対象を広げる。反応が弱ければ価格を変える。課題そのものが弱ければ顧客を変える。一定の条件を下回ればやめる。
ここまで決めて初めて、失敗が「ただ残念な出来事」ではなくなります。
結果が悪くても、「自分には向いていなかった」で終わらず、「この仮説は違った。では次はどこを変えるか」と進めるからです。
うまく挑戦する人は、必ずしも諦めない人ではない
起業家に科学的な意思決定方法を教えた研究があります。仮説を明確にし、実験し、その結果に応じて判断する方法を学んだ起業家たちは、そうでない人より、見込みの薄い事業アイデアを早くやめるようになりました。
これは、「挑戦とは何か」を考えるうえで面白い結果です。
私たちは挑戦する人というと、粘り強い人を想像しがちです。「何度失敗しても諦めない人」が称賛されます。
でも、実験の目的は我慢比べではありません。
見込みがあるなら続ける。仮説が違えば変える。筋が悪ければやめる。その判断を、気分ではなく観察結果によって更新できることのほうが重要です。
エジソンの電球開発も「何千回失敗しても諦めなかった」という物語で語られますが、本当に参考にすべきなのは、失敗の多さよりも、それを次の実験につなげる仕組みでしょう。材料を変え、結果を記録し、また試す。
価値があるのは失敗そのものではありません。
一回の試行から、次の選択肢が更新されることです。
挑戦で試されるものを変える
こう考えると、「挑戦が好きな人と嫌いな人」という分類も、少し違って見えます。
挑戦を「自分の能力を証明する勝負」と考えれば、怖くなるのは当然です。
一度の失敗が、そのまま自分への評価に見えてしまいます。
一方で、「まだ分からないことを調べる実験」と考えれば、問いは変わります。
「自分にできるだろうか」ではなく、「何が分かれば次へ進めるだろうか」。
「失敗したらどうしよう」ではなく、「この結果だったら次に何を変えようか」。
「絶対に成功させなければ」ではなく、「まず、どの仮説から確かめようか」。
こうなると挑戦は、特別な勇気を持った人だけのものではなくなります。仮説を置き、小さく試し、観察し、次の選択肢を更新する。ずいぶん普通の仕事です。
だから、挑戦できる人を増やしたいなら、「もっと勇気を出そう」と励ます前に、実験の作法を教えたほうがいいのではないでしょうか。
挑戦で試されるのは、自分ではありません。
試されるのは仮説です。
そう考えられるだけで、挑戦のハードルはずいぶん違って見えるはずです。
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