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意見が合わないのに、なぜこの人とは「話が早い」のか

仕事をしていると、ときどき「この人とは話が早いな」と感じる相手がいます。少し曖昧な言い方をしても、「要するにこういうことですよね」と拾ってくれる。こちらも相手の言いたいことがなんとなく分かるので、会話がどんどん先へ進みます。
こういう人とは「相性がいい」のだと思っていました。性格が似ているとか、価値観が近いとか、仕事のスタイルが合うとか、そういうことなのだろうと。ただ、実際に一緒に働きやすい人を思い浮かべると、それだけでもなさそうです。
私が「話が早い」と感じる人と、意見がいつも合うわけではありません。むしろ、「いや、それはやめたほうがいいと思います」と普通に反対されることも多々ある。それでも、不思議と話していて疲れないのです。
反対に、性格が悪いわけでも、能力が低いわけでもないのに、話すと妙に疲れる人もいます。「いや、そこじゃなくて」「そういう意味ではなくて」「今はその話をしているわけではなくて」と、気づけば同じ説明を何度も繰り返している。
では、仕事上の「相性」って、いったい何なのでしょう。

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反対されているのに、なぜか話は進む

ある機能を作るかどうかについて、こんな会話があったとします。

A「この機能は技術的には作れます。でも、開発に3か月使うほど顧客ニーズがあるのかを先に確認したいです」
B「エンジニアに確認しましたが、それほど難しい機能ではないそうですよ」
A「そこは私も理解しています。作れるかどうかではなく、3か月をここに使うべきかを話しています」
B「でも、工数としては3か月もかからないかもしれません」
A「仮に2か月でも同じです。他の機能を後回しにしてまで、これを優先する根拠があるのかを確認したいんです」

ここまでだと、なんとも疲れる会話です。ところがBが途中で、
「Aさんは『作るのが難しいから反対』なのではなく、『他の開発を止めてまで優先する根拠がまだない』と言っているんですね」
と返したら、会話の状態が変わります。Aは「そう、それです」と言える。
そして、そのあとBが、
「それなら私は、それでも作るべきだと思います。同じ要望が他の5社からも出ているからです」
と反対してもいい。二人の意見は違ったままなのに、今度はちゃんと議論になっています。
どうやら、「話が通じること」と「意見が合うこと」は別のようです。相手が何を考えていて、なぜその結論になるのかを理解できれば、反対したままでも話は進みます。

賛成しているからといって、分かり合っているとは限らない

逆のケースもあります。AさんとBさんが、二人とも「この新機能は作らないほうがいい」と言っている。
A「市場がまだ小さいから」
B「開発コストが高すぎるから」
会議だけ見れば、あっさり合意です。「二人とも反対ですね。では見送りましょう」で終わります。
でも、本当に二人はお互いの考えを理解しているのでしょうか。
もしAが「Bも市場が小さいと思っている」と考え、Bも「Aも開発コストを問題にしている」と思っていたら、結論がたまたま同じだけです。数か月後、市場が急拡大したらAは「じゃあ作りましょう」と言うかもしれません。一方、開発コストが変わっていないBは、まだ反対です。
そこで突然、
「え、なんで賛成なの?」
「いや、最初から市場規模の話をしていたよね」
となる。意見が同じ間は、相手を理解できていないことが表面に出ません。意見の一致と相互理解は、別の軸として見たほうがよさそうです。

私が特に気になるのは左下です。意見は対立している。でも、相手がなぜそう考えているのかは分かる。
もしかすると、良い仕事相手というのは「自分と意見が合う人」ではなく、自分の意見を正確に理解したうえで反対してくれる人なのかもしれません。

噛み合わない二人は、同じ問いに答えているか

では逆に、話が通じないときには何が起きているのでしょう。いくつかの会話を並べてみると、どうも全部が同じではありません。
さきほどの機能開発では、Aは「作るべきか」を話していました。Bは「作れるか」を話していた。ShouldとCanです。どちらも大事な問いですが、そもそも問いが違います。
会議でも似たことが起こります。

A「この会議、毎週やる必要ありますか?」
B「でも、関係者が集まる大事な場ですよ」
A「何のために集まるんでしょう?」
B「進捗を共有するためです」
A「進捗共有だけならSlackでもできますよね」
B「でも会議をなくすと、コミュニケーションが減ります」
A「コミュニケーションを増やすこと自体が目的でしたっけ?」

Aは「何を達成したいのか」を聞いている。Bは「今ある会議をなくしたら何を失うか」を考えている。
意思決定についても似た会話があります。

A「この案件、最終的に誰が決めるのか明確にしませんか?」
B「そこはチームみんなで協力して進めればいいと思います」
A「協力するのはもちろんです。意見が割れたときに誰が決めるのかを聞いています」
B「そこまで最初から決めなくても、ちゃんと話し合えばいいんじゃないですか?」
A「話し合っても割れたら?」
B「それでも話し合うことが大切だと思います」

Aが気にしているのは「意思決定権」で、Bが気にしているのは「意思決定プロセス」です。どちらも必要ですが、同じ問いではありません。
こういう場面では、つい「もっと丁寧に説明しよう」と思います。でも、説明を増やしても噛み合わないことがあります。答えが伝わっていないのではなく、そもそも別の問いに答えているからです。
そんなときは、説明を足すより「今、何について話しているんでしたっけ」と、問いそのものに戻ったほうが早いこともあります。

同じ問いなのに、見ている景色が違う

さらにややこしいのは、問いは同じなのに結論が違うケースです。例えば営業と製品企画が、顧客向けの個別機能について話しているとします。
営業A「この機能を入れたいです。この案件だけで年間5000万円あります」
製品企画B「でも、一社専用機能を入れると、今後ずっと保守することになります」

A「5000万円ですよ。かなり大きいですよね」
B「今回の売上だけではなく、今後個社対応が増えることを心配しています」
A「でも今期の売上目標を考えると無視できないですよね」
B「来年、同じような機能が10個になったらどうするんですか」

二人とも「この機能を作るべきか」という同じ問いに答えています。それでも結論が違う。何が違うのでしょう。
二人の差は、見ている時間軸にありそうです。Aは今期を見ていて、Bは数年後を見ている。Aからすれば「5000万円もあるのに、なぜやらないのか」となる。Bからすれば「5000万円のために、来年以降ずっと複雑性を抱えるのか」となる。
ここまで分かれば、「5000万円は大きい」「でも保守コストがかかる」を繰り返すのではなく、「どの程度の短期売上なら、長期的な複雑性を許容するのか」を話せます。
「今回」と「今後」のズレもあります。

A「今回は特別に、申請なしで進めてもいいんじゃないですか。急ぎですし」
B「それを認めると、今後みんな同じことを言いますよ」
A「いや、今回は本当に急いでいるんです」
B「だから、急いでいる場合にはルールを飛ばしていい、という前例になると言っています」
A「でも今回の話をしているんですよ」
B「私は今回だけではなく、今後のルールの話をしています」

これも両方正しい。Aは目の前の一件を解決したい。Bは、その一件が次の一件に何を残すかを考えている。AにはBが一般論へ逃げているように見え、BにはAが目の前しか見ていないように見える。
このあたりまで来ると、相手の「結論」を知っているだけでは足りません。私たちは、相手が話している答えよりも、その答えを作っている変数を理解する必要があるのでしょう。

「問題の話」が、いつの間にか「誰が悪いか」になる

もうひとつ、仕事の会話でよく起きるものがあります。

A「最近、企画してからリリースまで平均3か月かかっています」
B「でも、エンジニアはかなり頑張っていますよ」
A「頑張っていないとは言っていません。リリースまで3か月かかっていると言っています」
B「人数が少ない中で、かなりの量を開発しています」
A「それもそうです。ただ、なぜ3か月かかるのかは見直したいですよね」
B「だから、エンジニアを責めるのは違うと思います」

Aは「企画からリリースまで3か月かかっている」というプロセスの問題について話しています。でもBは「エンジニアへの評価」として受け取っている。
企画からリリースまで時間がかかる理由は、エンジニアの開発速度とは限りません。要件が途中で何度も変わっているのかもしれない。意思決定に時間がかかっているのかもしれない。レビュー待ちや他チームへの依存がボトルネックになっている可能性もあります。
ところがBの中では、「リリースまで3か月かかっている」が「エンジニアの仕事が遅い」に変換されている。だからAがプロセスの問題を説明すればするほど、Bはエンジニアを擁護する。
でも、「プロセスに問題がある」と「担当者が悪い」は別ですよね。
同じように、「この方法にはリスクがあります」が「やるなと言われた」に変換されることもあります。言葉は聞こえている。でも、意味が相手の頭の中で別のものに置き換わっている。
「いや、そういう意味ではなくて」が増えるのは、言葉が足りないからではなく、受け取った意味がずれているからなのかもしれません。

相手の「答え」ではなく、答えができるまでを理解する

ここまで考えると、そもそも「相手を理解する」とは何なのだろう、という問いが出てきます。相手が賛成か反対かを知っていることでも、主張を一言で要約できることでもなさそうです。
何を問いとしているのか。何を目的にしているのか。何を制約だと思っているのか。どの時間軸を見ているのか。何を事実だと思い、それをどう解釈しているのか。そういうものが組み合わさって、最後に「賛成」「反対」という答えが出ている。
だとすると、理解するというのは、相手の答えを覚えることではなく、相手の頭の中でその答えができるまでの構造を、自分の中にも作れることなのではないでしょうか。
確認方法はシンプルです。「Bさんはこう考えているんですよね」と説明してみる。「いや、全然違います」と言われたら、まだ理解できていない。「そう、それです」と返ってきたら、かなり近い。
そして、その直後に「でも私は反対です」と言ってもいい。むしろ、それができる相手こそ話しやすい。
私が「この人とは話が早い」と感じていたのは、意見が似ていたからではなく、お互いの思考の構造を比較的簡単に再現できていたからなのでしょう。

Cさんは、いったい何を翻訳しているのか

ここまで考えると、職場にいる「話を整理するのが妙にうまい人」の役割も見えてきます。AとBだけでは話が噛み合わない。でもCさんが入って、
「Aさんは今期売上を見ていて、Bさんは将来の保守コストを見ている。では、この二つをどう比較するかを話しませんか」
と言うと、二人とも「そう、それです」となる。

Cさんは新しい答えを出しているわけではありません。二人がそれぞれ何を見ているのかを整理し、話がずれている場所を示しています。優秀なファシリテーターやマネージャーがやっていることの一つは、こうした「思考の翻訳」なのでしょう。
ここで面白いのは、AとCは話が通じ、BとCも通じるのに、AとBでは通じないことです。だとすると、単純に「Aさんはコミュニケーション能力が低い」とは言えません。問題はAやBという個人だけでなく、A-Bという組み合わせにもあります。
チームも同じです。5人のチームには5人の能力があるだけではなく、A-B、A-C、B-Cといった人と人の関係があります。そして、AがBを理解できることと、BがAを理解できることも別です。両方が成立して、初めて相互理解になります。
Cさんが毎回、
A ←→ C ←→ B
と翻訳すれば仕事は進みます。でも「Cさんがいないと会議がまとまらない」のであれば、CさんがA-B間の翻訳コストを肩代わりしているだけです。

理解できる相手ほど、強く反対できる

では、どうすれば相互理解度は上がるのか。最初は「もっとコミュニケーションすればいいのかな」と考えました。でも、話が通じない二人が会話量だけ増やしたら、疲れる時間も増えそうです。
大事なのは量ではなく、「私は今、相手をちゃんと理解できているのか」を途中で確認することなのでしょう。
「つまり、こういうことですか?」
「一番気にしているのは、この制約ですか?」
「私はこう理解したのですが、合っていますか?」
そんな確認を入れる。そして反対するときも、
「あなたが短期売上を重視しているのは分かりました。でも私は、この案件のためにプロダクトを複雑化することには反対です」
と言える。
こう考えると、相互理解度を高めることは「仲良くなること」とはかなり違います。相手を理解したからといって、譲歩する必要はない。相手を理解したからこそ、「そこまでは同意している。でも、ここからは反対です」と境界線を明確にできる。
もしかすると相互理解度が高い二人ほど、安心して強く反対できるのかもしれません。

仕事の相性は、「相互理解度」で見たほうがいい

ここまで考えて、私は仕事の相性を見る尺度として「相互理解度」をもっと重視したほうがいいと思っています。性格が似ているか、価値観が近いかよりも、お互いが相手の考えていることを、どれだけ正確に理解できるか。こちらのほうが、実際の働きやすさをよく表します。
この尺度で考えると、「反対されるのに、なぜか話が早い人」がいる理由も分かります。「あなたが言っているのはこういうことですよね」と正確に理解されたうえで、「でも私は反対です」と言われるから、話が早いのです。逆に、いつも賛成してくれても、こちらの意図を何度も説明し直さなければならない相手とは仕事が進みません。
そして相互理解度は、一人ひとりの能力ではなく、二人の間にある尺度です。AとCは高いけれど、AとBは低い、ということがある。だからチームを見るときも、「誰が優秀か」だけではなく、「どの組み合わせで相互理解度が高いか」を見たほうがいい。
仕事の相性は意見が合うことではなく、違う意見を、違うまま正確に理解できること。それができる二人は、反対し合っていても仕事が早い。

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