でも、この世界が、消滅することもなく続いているのは、理解力で正しい方向に認識を導いたからからじゃないかしら? さっき表示された箇所よりもっと前に、こう書かれてますから… 連載 超訳プロレゴメナ 260 読書会編176
第25回目読書会(つづき)
須田隆雄:
空間や時間は、人間が認識することで存在するものだけど、その前に人間の認識じたいが、正しいのかって疑う必要もあるってことですね?
池田幸男:
人間は間違いを犯す存在ですからね。だから、理解力が正しいものを選別できなければ、誤謬のままに止まるってことですね。
桐川夢見:
でも、この世界が、消滅することもなく続いているのは、理解力で正しい方向に認識を導いたからからじゃないかしら?
さっき表示された箇所よりもっと前に、こう書かれてますから…
桐川夢見も、下記を資料表示画面に写しながら、朗読を始めていた。
だが理解力は警戒しなければ、誤った判断を犯すこともある。それは主観的な表象様式が客観的であるように見誤る場合であって、その場合は、進歩を後退と誤認することもあり得るのだ。
だがこの問題を仮象に対する感覚に原因があると観てはならない。現象を対象にして判断を決定するのは理解力だからである
牧野照邦:
人間の認識の根拠となっている現象は、事実を正しく捉えているものではありませんから、理解力を正し方向へ導く手続きが必要となるわけすね。
曽根康夫:
間違いだと分っていても、じっさいの現象が、反対の方向や違って観えるものってありますね。そこのところカントは言及していなのだろうか?
前島君は。『純粋理性批判』を一通り読んでいますよね。これについて記憶に残っているところはありませんか?
前島幸太郎:
弁証論の冒頭のところで、海の彼方や、昇り始めた月のことが書かれていました。ここは、事実と違って観える人間の認識に触れたところです。
山際このみ:
それって、どんな間違いなの?
前島幸太郎:
海の彼方の地平線は、じっさいには、ぼくたちの視点より低い個所にあるんだけど、光線の影響で高く観えてしまいすよね、
須田隆雄:
そういうものなんだ! ぼくはじっさいにも高いって思ってたけど!
栗林雄太:
昇り始めた月って、上空にいるときよりも大きく観えますけど、これも、ぼくたちの錯覚なんですよね!
