見出し画像

認識の振る舞いの不思議さに浸って考えた末に、その事実に気づけば感激も、かなり大きなものになることを… 連載 超訳プロレゴメナ 196 読書会編136

195

超訳プロレゴメナ読書会 第16回から

まとめ

 今回は、第6節と第7節が対象になった。どちらもかなり短い節だから、1回の読書会で、この2節を取り上げることは、それほどの負担ではなかった。しかし内容としては、第5節までと比較すると、高度なものになっていることに気づかされた。

 それは、第6節からいよいよプロレゴメナの本文が、始まるとも言っていいからだろう。それに第6節の下記は、これからの困難を予告しているように観えるものだった。

 人類は端緒を探して道に迷ってしまった。だがぼくたちは迷ってはいられない。諦めることができないからだ。この問題をもう少し掘り下げ丹念に追跡していけば、答えは必ず見つかることを、ぼくは疑わない。 

第190回 本編32

 しかし最後の言葉の「答えは必ず見つかる…」は、ぼくたちに困難を乗り越えていく勇気を与えていることを、教え、考えさせてくれていた。

 さらに先に進んで行くと、空間と時間がとり上げられ、そこでの多くの振る舞いをぼくたち人間が、どう認識するかが、大きな問題となるらしい。先輩たちは、そこに到達したとき、カントの主張の基本が、ようやく理解できたと言っている。

 第7節では、「直観」という言葉が多く登場してきていた。参加者の言葉を聞いていたら、ここが認識についての重要な入口のように観えてきた。まだを実感していないが、認識とその対象との関係には思いがけない事実があるようだ。先輩たちはその事実を、具体的にはほとんど教えてくれないが… でもそれって隠している訳でもないようだ。もしかしたら、その事実知ったときの感激はかなり大きなものではないだろうか。たしかにそうなら、今の段階で事実だけを教えてもらうだけのことなら、まったく意味はないだろう。
 認識の振る舞いの不思議さに浸って考えた末に、その事実に気づけば感激も、かなり大きなものになることを、ぼくは疑わないし、多くの期待さえ持っている。

 ぼくたちが考えもつかなかったことを、カントが与えてくれることを、疑わない。いまのぼくが、それについて未知なのは、能力の問題ではないだろう。カントだって、簡単に答えを掴んだわけではない、そうだったはずなんだから…

(栗林雄太 記)

197

いいなと思ったら応援しよう!