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形而上学を確立していくには、経験的なのものが何故不要なのかを、よく考えてほしいと思っています 超訳プロレゴメナ 119 読書会編84

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超訳プロレゴメナ読書会 第八回から
 
 2018年6月30日(土)に第八回目の読書会が、文京区に公民館で開催された。今回の読書会は、第七回で残した第一節の後半が対象となる。すでにこの箇所は以前に記載しているからここに重複して書くことはしない。参考の際には、リンクで第106回 本編17を参照してもらいたい。
 
 参加者は牧野さんを除いた全員が揃った。牧野さんは仕事の都合で参加できなかったが、今回の読書会ためのアドバイスをメールで届けてくれている。
 全員からの承諾を貰って、これを紹介した後にディスカッションを開始することを決定した。
 
 
牧野さんからのアドバイス
 
 読書会に参加できないことを、とても残念に思っています。
 
 第1節はプロレゴメナの入り口として哲学の手法について書かれたものと捉えるべきでしょう。
 そして、第1節の後半では、形而上学の根源が語られています。短い文章ですが、とても大事なことが書かれていることに注意してください。しかし今の時点で深入りする必要もないことも、再度喚起しておきます。
 
 ここでは形而上学的の認識の根源が書かれていることに注意して読んでほしいのです。その気持ちだけが今は特に重要なことです。カントはここを深く理解するために『純粋理性批判』のある箇所を指摘していますが、それも今の時点では不要です。
 ただ形而上学を確立していくには、経験的なのものが何故不要なのかを、よく考えてほしいと思っています。それを強く願っています。

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