『エミール』に感動しているカントが浮かんでくる。人間が人間らしく学ぶ必要を感じていたカントが受かんでならない… 連載 超訳プロレゴメナ 192 読書会編133
超訳プロレゴメナ読書会 第16回から
ディスカション(承前)
曽根康夫:
ぼくは、高校の教師になることを予定しています。それもはじめは、文系で対象となるものを考えていましたが、今は数学の教師を目指しています。
須田隆雄:
文系卒業じゃ、それは無理なんじゃないですか?
曽根康夫:
ええ、その通りです。だから卒業後に理学部の履修生となって足りない科目の単位を取ることにしています。
前島幸太郎:
曽根君は文学や音楽に詳しいけれど、感性には数学的なものを感じますからね。それは、いい方向だと、ぼくも思います。
桐川夢見:
だから、純粋数学を代数構造と結び付けて話されたんですね!
牧野照邦
人間を、文系や理系で分けて考えることには疑問を多く感じます。社会に出れば、文系でも数学や物理の知識が必要になることが、多々ありますからね。それを18歳くらいから限定するのは、教育的な観点からも疑問を感じています。
前島幸太郎:
人間を第一印象だけで捉えるのは、誤謬が多いものだと思います。
山際このみ:
荒川先生も、確率論や量子力学に興味を持たれています。それがあってこそ、先生の理解力の考え方が納得できるって思えます。
池田幸男:
そこにこそ、純粋な理性が生まれるからではないでしょうか? ぼくは数学は得意ではないですが、その他の興味からも、純粋な理性が生まれることは確信しています。
山際このみ:
荒川先生がゼミの最初に充足感のことを、言ってたけど、あれも純粋な理性のこと、考えてのことだった… いまさらだけど、そう思う。
栗林雄太:
この第6節では、純粋な理性について、ぼくたちが考える疑問に言及してますね。
だが君たちには、この主張に対し疑問を必ず抱くはずだ。
「それでは人間の理性は何を前提に成り立っているのだろうか。その前提をア・プリオリというのなら、ア・プリオリそのものは何を前提にしているのだろうか?」
桐川夢見:
わたしそこを読むと、『エミール』に感動しているカントが浮かんでくる。人間が人間らしく学ぶ必要を感じていたカントが受かんでならないんです。
前島幸太郎:
それは、ここにいるだれもが感じていることでしょう。その気持ちを持続させながら第7節に進んで行きましょう。
第7節では、数学的認識が主題にとなります。形而上学と数学とは切り離せないことをさらに確認したいと、考えています。
