見出し画像

すべてを、社会に通用させなければならないんだろうか? まず何が問題なのかは、明確にしなければならないとは思うけど… 結論から書いてばかりいては、そこに至る肝心な問題が、省みられなくなるって、ぼくは思えてならない… 連載 超訳プロレゴメナ 306 読書会編 205

305

第31回読書会(つづき)

曽根康夫:
 19節に行けば、経験判断が客観的妥当性を持つものに近づいて行くことが判るようになっていますが、この18節では、その前提として知覚判断をまな板の上で問い詰めているって言っていいのかも知れません。

須田隆雄:
 それにしても判りにくい文章だね! これが業務文書だったら、間違いなく落第点をつけられるところですね。

池田幸男:
 須田君は会社員としての、最初の研修を受けているところなんでしょう。業務文書では、最初に結論を書いていないと、だれも読みはしませんからね。

山際このみ:
 それは、わたしも判る… ルポライターの仕事でも、何が目的なのか、それを最初から明確にしないと、だれも相手にしてくれないからね!

桐川夢見:
 そうなんだ! でも、わたしは、回りくどくっても… やっぱり前提を書いて、そこから少しづつ本題に迫って行く書き方が、後から観ても、いちばん理解できることなんだと思うんだけど…

須田隆雄:
 それは、桐川さんが学者肌だからですよ! 学者はそれでよくっても、社会じゃ、それは通用しませんから…

曽根康夫:
 すべてを、社会に通用させなければならないんだろうか? まず何が問題なのかは、明確にしなければならないとは思うけど… 結論から書いてばかりいては、そこに至る肝心な問題が、省みられなくなるって、ぼくは思えてならないんだけど…

牧野照邦:
 その通りですね、社会人であっても結論に至った過程を明らかにしていなければ、考え方じたいのリピートもできないことになりますよ! 社会が求めるは、たった一発の大きな成功ではなく、普遍的で永続可能な新鮮な考え方ですから…

前島幸太郎:
 だから、18節でも知覚判断を取り上げ、それが経験判断とはどう違うかを語っているわけですね!
 それに、判断じたいが最初は、知覚判断から始まるものなんですから!

 ぼくたちの判断は、すべて最初は単なる知覚判断にすぎない。それらはぼくたち(の主観)にとってのみ、妥当なものと言える。この後に初めてそれら対象に、新しい関係である客観への関係を与え、それらが常にぼくたちにとって、そして他のすべての人にとっても妥当と判断できる有益な結論を求めることになる。

第303回 本編 50

307

いいなと思ったら応援しよう!