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知覚判断は、ぼくたち周辺… 外部って言うほうが正確かもしれませんが… そこからの物理的刺激をぼくたちが受け取って、意味があるものとする行為から始まる… 物理的刺激を、理解力の活用して他の似た経験なんかと比較して意味を確立したのが、知覚判断ってことなんですね?… 連載 超訳プロレゴメナ 314 読書会編 210

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第32回読書会(つづき)
 
栗林雄太:
 五感って言葉が出てきましたが、これも知覚判断と関連するっていいわけですね?
 
須田隆雄:
 えーと… 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚… これが五感ですね!
 今のぼくに、すぐに当てはまるのは…
 今日は少し曇ってる… これは視覚だね。
  風の音も聞こえてる… 聴覚だね
 
 今はこれくらいだけど、知覚判断が五感を経た結果だと言って良いんだろうね。
 
前島幸太郎:
 カントは五感でなく感官って言ってますが、同じものと捉えて構わいって思います。
 つまり、知覚判断は、ぼくたち周辺… 外部って言うほうが正確かもしれませんが… そこからの物理的刺激をぼくたちが受け取って、意味があるものとする行為から始まるものって言えるわけですね。
 
山際このみ:
 最近の幸太郎は、長ったらしい説明をするから、どこに主語はあるか、すぐにはわからない… もう少し区切って話してくれないかな?
 
桐川夢見:
 感官で受け取った物理的刺激を、理解力の活用して他の似た経験なんかと比較して意味を確立したのが、知覚判断ってことなんですね?
 
山際このみ:
 そうなのか… だから幸太郎が、「意味があるものとする行為から始まるもの」って言ったんだね?
 
須田隆雄:
 いつも思うんだけど… 桐川さんは、抽象的な表現を自分のものとして捉えるのが、とても速いんですね?
 
山際このみ:
 それは、荒川先生が、早くから気づいていたことみたいだよ…
 
前島幸太郎:
 先生だけでなく、環さんも早くから気づいていたんじゃないのかな…
 
曽根康夫:
 それはともかく、カントが取り上げている実例を、もう少し考えてみませんか?

 以下のように言ったり考えたりするときは、 ぼくたちは主観的に正当な判断しか持っていない。
  部屋は暖かい
  砂糖は甘い
  蓬(よもぎ)は苦い
 しかし常にぼくがこう考えるとか、他の人のだれもが同じように考えているとは思ってはいるわけではない。ここで判断は、一つの主観に対する二つの感覚(一番目に限ると、[部屋]と[暖かい])の関係を表現しているだけであり、しかも現在のぼくの認識状態でのみ表現されているにすぎない。
 したがって、これの判断は客観的に妥当すると言えるものではない。こうした判断を、ぼくは知覚判断と名づけたのだった。

第310回 本編51

池田幸男:
 同じことでも、人が違えば、捉え方は違うってことですね? だから知覚判断、客観的に妥当なものとは言えないわけですね…

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