掌編|【箕面線のすぐ側で】牧落の夜
その頃、私は
随分と、簡素な部屋に住んでいた。
がらんとしたワンルームで
濡れた髪を乾かしながら、
ぽっかり空いた時間を埋めようと
白い本棚に目をやった。
一人の夜を埋めるのは、
並んでいる言葉だけだった。
本棚の上の
グレーの電話が鳴った。
出てみたら
あの人だった。
「私で良いんですか?」
卑屈にも、私は、そう言った。
「貴女じゃなきゃ
駄目なんです。」
少し緊張を含んだ
熱っぽい声が、聴こえた。
黒いケーブルのついた
グレーの受話器越しに、
その言葉は、
私の心に柔らかく触れた。
もう誰も
私を見てはくれないと思っていた。
沈んでいた目線を
少しだけ持ち上げた。
電話を切った後、
温かい声を抱きしめるようにして
久しぶりに、ぐっすりと眠った。
一月なのに、いつもより
少し暖かい夜だった。
___________________
あの頃の様々な夜を。
▶掌編|【箕面線のすぐ側で】踏切だけが鳴る夜
▶掌編|【箕面線のすぐ側で】街灯下の自転車
▶掌編|【箕面線のすぐ側で】深夜の伏見桃山駅から
▶掌編|【箕面線のすぐ側で】それは、ぬるい惰性の匂い
他の世界へも、どうぞ。
▶ようこそ!つはるの世界へ
