未完成婚・セックスゼロで母になる!?#29 義母と和解、はじめて障子を張り替える|カミングアウト前⑥
新幹線と電車で半日、私は一人で夫の実家へと向かった。
実はこの「謝罪と和解の帰省」が、初めて夫の実家へ行く機会となった。
↓これまでのお話
夫の仕事があまりにも忙しく、結婚挨拶のときも「夫が仕事を休めない」という理由で、私は夫の実家へ行っていなかった。義母と、私の母に上京してもらい、仲人さんを交えた食事会、これが事実上の両家顔合わせだった。
お正月やお盆に、夫と2人で実家に行くのが、私の初めての義実家帰省となるだろうと、思い込んでいた。まさか、「謝罪と和解」のために、一人で夫の実家へ行くことになるとは…
夫の実家は、日帰りが難しい場所だ。義母も泊まりを提案し、最初泊まりを遠慮していた私だが、最終的に義実家泊まりと決断したとき、夫はうれしそうに自分の育った土地を語った。
夫の穏やかでうれしそうな顔を見たのは、久しぶりだった。
義実家初訪問、嫁一人、目的は「謝罪と和解」、おまけに泊まり…!!!
いったい、何してんのや……
すでに疲弊しきっていた脳みそと身体で、ぼんやりと電車の窓から景色を眺めた。
日本の地方の、どこにでもある風景……穏やかでのんびりとした、人々の日常と毎日が散りばめられた景色…
夫は、こんなところで育ったのか…
夫婦2人で仲良く、この景色を見たかった…
一両に3~4人しか乗っていない、ガラガラの電車が目的の終着駅に着いた。手前の駅で、ほとんどの乗客が電車から降りていた。
初めて降りる駅に戸惑いつつ、駅の出入り口を通過する。白い車から、見慣れたお顔の義母が降りてきた。
私は、すぐさま「この度は、本当に申し訳ございませんでした。」と、頭を下げた。
義母は、「もう、いいのよ。車に乗って。長旅で疲れたでしょう?」と言った。
緊張していた、とても……
義母も、きっとそうだっただろう。
義母は何事もなかったかのように、天気の話、この街のこと、今から行くお店のことなどを話した。私も、普通にそれに応えて会話した。
ランチは、創作イタリアンのちょっといいお店のコース料理だった。話は自然と、夫の子供のころの話、夫のお見合い話のいきさつなどに流れていった。
そうか……これで、よかったのか…
何事もなかったかのように…
あの一件が起こる前の空気…
義母がそれを望んでいる。
今ならよく分かる。義母は、「自分の提案で、息子夫婦が離婚寸前になっている」ことを、心から「しまった!」と思い、後悔し心配していたに違いない。
私が一人で義母のもとへ向かい、2人で時間を過ごしていることに、心底ほっとしていただろう。
本当に申し訳ないことをした……
今思い出しても、胸が痛い。
食事のあと、はじめて夫が育った家にいった。
義母が家族一のキレイ好きと聞いていたが……そうでもなかった(笑)
私から見たらモノが散乱してる、廊下や洗面所を見て、なんとなくホッとした。キッチリ完璧を求めない、ゆるい空気…それは、私にとって救いだった。
ピシーーっと埃ひとつなく、整理整頓された家だったなら、私はきっと「こりゃ、やべーことをした!水に流したような顔の裏に、何があるかわからんわ!」と、血の気が引いていたに違いない。
それと同時に思った。
車の運転に慣れてはいるものの、時折車線を超えている、どこか危なっかしい運転…整理整頓されているとは言い難い家の中…食後に必ず薬を飲む姿…
結婚の挨拶や、両家顔合わせのときに、都会をシャカシャカと歩く義母の姿からは見えなかった、日常の姿…
夫が義母を心配した理由がよくわかった。
あぁ………もっと早く、私1人でもいいから、義実家に来ておくべきだった。そしたら、夫の言った意味がわかったのに……
後悔しても、もう何もかも遅かった。
「ごめんなさいね〜この障子、ボロボロでしょう?フラミンゴさんが来る前に直そうと思ったんだけどね…疲れちゃって、できなくて…」
リビングに続く和室で、義父にお焼香をしていたら、義母が恥ずかしそうに言った。
「直しましょうか?」
「え?」
「障子……やったことないですけど、たぶんできると思います。やり方、調べてみます。」
「え…そんな…悪いわよ!」
手先の器用さには自信があった。夫と暮らす今の家も、天井と壁紙を塗り、壁紙を貼り直し、クッションフロアを敷き、DIYしていた。
障子紙と糊が、畳に転がっていた。
「やります、私。得意だし、こーゆーの好きなんで!」
ネットを見ながら、障子の張り替えをスタートした。義母は遠慮しつつもしかし、うれしそうに私を見守り、時折手伝った。
本当に、何してるんやろな………
この状況にふっと笑いがこみ上げつつ、私は破れた障子を剥いだ。
障子の張り替えをしながら、色んな話をした。
義母は、夫の兄や夫を産んだときの話をした。出産に苦労していた。
「長男のときに、本当に大変でしたからね…2人目産みたくなかったんですよ。あんな思い、二度としたくなかったから。」
「え!?」
私の夫は、次男である…笑
「でもね〜夫がどうしてもって言うから、仕方なく産んだんです〜。本当は私、嫌だったんですよ〜。」
「仕方なく産んでくださって、ありがとうございます!」
私は笑った。義母も笑った。
「夫婦の意見を合わせるのって、難しいわよね。」
義母はそう言ってから、ひと呼吸おいた。
なんとなく、来るぞ……!!と思った。心の中で身構えた。
「フラミンゴさんも息子も、目が大きいからね〜きっと目の大きい子が産まれるわね〜!」
お義母さん!目ん玉どころの話じゃないんです…!!
私たち、そもそも子供が産まれるようなことを、まだ一度もしたことないんです…!!
子供なんて、産まれるわけないんです!だって、まだセックスしたことないんですから!
声に出して、叫びたかった。
ぐっとこらえて「そうですかね〜」と、曖昧な返事を返した。義母は、きっと何も気付かなかっただろう。
小さな痛み………
でも、義母は私たちにセックスがいまだないなんて、想像もしていないことがわかった。
義母は、私と夫のあいだに孫が生まれることを望んでいる………
やったぜ!!!!
これは、絶対に使える……!!!!
使えるとか言って、本当に申し訳ない………
でも、ただただ痛いと悲しむだけの、か弱い女でいるわけにはいかなかった。転んでただで起き上がるなんて、そんなわけにはいなかった。
私は、このとき39歳だった。
夫が私に自ら一切触れないこと、セックスがないこと、新婚旅行母子同室で荒れたこと、義母への嫉妬や怒りが爆発したこと、夫と離婚ギリギリ寸前なこと
その大きな要因には、私に出産リミットが迫っているのにセックスが一度もなく、子供を作ることにすら挑戦できないまま、毎月生理を迎え、残り少ない卵子をただトイレに流しているだけの現状への、狂いそうな焦りと苛立ちがあった。
私を何よりも追い詰めたのは、セックスがないままに子供が産めなくなる恐怖だった。
夫とのスキンシップは、一連の事件で完全になくなり、妊活なんて言葉は地雷ワードに等しかった。こんなにも、残された時間がわずかであるにも関わらず…
この手詰まりな状況を打破するために、義母が孫を望んでいることは、私にとってこの上ない吉報だった。
新婚旅行母子同室を提案し、夫とセックスするチャンスを奪ったと憎んでいた義母が、夫と子供を作るという未来の希望になるとは…
昨日の敵は今日の友、の究極の体現だった。
視野が狭くなることは、本当に恐ろしい。
切り口が変わると、考え方が変わると、こんなにも違うものが見えてくる。
私は、危うく愚かな大失敗をするところだったのだ。
計算高く、したたかでないと、手に入れられないものもある。人生無駄に、39年生きてきたわけじゃない。ここまでこんなに、色々あったんだ。傷ついたんだ。ただで終わってなるものか………!!!
孫を望む義母の夢のような言葉の数々に、痛みを感じつつも、しかし冷静にしっかりと受け止めた。
お義母さん、私もね、夫とセックスして愛し合って、子供を作りたいんですよ……でもまだね、何にもないんです……
だから、こんなに荒れたんですよ…
私はいったい、どうしたらいいんでしょうか……?
そう、口にしてしまいたい思いをぐっと堪え、心の中で私は泣いた。
そのまま夕食もご馳走になり一泊、翌日の朝も昼もご一緒し、観光スポットも案内していただき、意外と長くなった義実家滞在が終わった。
2日目はお互いの緊張感もなくなり、和やかに時間が過ぎていった。笑顔で別れ、電車に乗り込んだ。
行きの時に見たのと同じ風景…大きな仕事を終えたような、清々しさと疲れの中でぼんやりと眺めた。
しかし、まだ問題は終わっていなかった。
夫に、何を何て話そうか…夫との関係を、これからどうしていくのか…
私たちは、首の皮ギリギリ1枚で繋がっている関係だ。それに変わりはなかった。
義実家から自宅に戻り、軽く報告だけを済ませて、その日はすぐに寝た。芯から疲れた。
