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ナイトライダーは、手芸の隣に

「私も、あれ付けたい!」

助手席で、妻のトラ子さんが急に身を乗り出した。

前を走る車のウインカーが、内側から外側へ、シャララーン、シャララーン、と光の粒を流している。いわゆるシーケンシャルウインカーというやつだ。

僕はてっきり「わあ、流れるウインカーきれい」くらいで終わると思っていた。ところがトラ子さんの目の輝き方が、なんというか、いますぐ配線工具を握りに走り出しそうな輝き方なのである。

普段のトラ子さんは、徹底した倹約家である。僕が車のパーツを変えようものなら「それ必要?」「今も走るんでしょ?」とツッコミを入れてくる。なのに、シーケンシャルウインカーにだけは、妙に食いつくのだ。

僕はその理由を知っている。
ナイトライダーだ。

僕らが子どもの頃、夕方のテレビでは外国ドラマの再放送をよくやっていた。『奥様は魔女』とか『特攻野郎Aチーム』とか。その中でも、ひときわ未来だったのが『ナイトライダー』である。

主人公のマイケル・ナイトと、人工知能KITT(キット)を搭載したドリームカー「ナイト2000」。

真面目でおとなしい少女時代を過ごしたらしいトラ子さんだが、ことナイトライダーに関しては、なぜか今でも目がハートになるのだ。

フロントノーズで赤い光がヒュン、ヒュンと左右に流れるあの姿。あれがたまらなく好きなようだ。だから現代のシーケンシャルウインカーを見ると、どこかKITTを思い出して心が躍ってしまうらしい。

「財布の紐は固いのに、シーケンシャルには緩むんだな」
心の中でこっそりツッコミを入れつつ、僕は流れるウインカーを見送った。

そういえば、子どもの頃の僕にとって、KITTはまさに「未来」そのものだった。主人公のマイケルが話しかけると、KITTが答える。

「KITT、分析してくれ」
「はい、マイケル。でもその前にひとつ言わせていただきますが——」

必要な情報を出し、車を動かし、ときには冗談まで言う。機械へ命令しているというより、相棒と相談しているように見えた。

未来だった。

もう、黒いボディーの艶まで未来だった。子どもの僕には、車と普通に話すなんて、空飛ぶ靴と同じ棚に置かれていたのである。

「いつかこんな未来が来るんだろうか」

来るとしても、銀色の全身タイツを着た未来人が暮らす、ずっと先の話だと思っていた。

ある日、僕はChatGPTに「Live」という音声会話機能があることを知った。音声を文字にするだけではなく、AIとそのまま自然な会話ができるのだという。

「これ、なんかKITTっぽくない?」

僕はトラ子さんをリビングに呼び寄せた。

テーブルの上に置かれた、一台のスマートフォン。
二人でそれを、じっと見る。

たかがスマホの画面なのに、気分は秘密基地で未知の装置を起動する二人である。こちらには白衣もなければ、警報ランプもない。あるのは飲みかけのお茶と、少し緊張している五十代の夫婦だけだ。

「じゃ、やるよ」

僕は意を決して、Liveのアイコンをタップした。

「えー……オホン。お、音声会話はできるかな?」

すると、スマホから明るい声が返ってきた。

「あ~、できるよ! 何を話そうか?」

「おおおおお!」

僕とトラ子さんは、思わず顔を見合わせて目を丸くした。

すごい。すごすぎる。
思わず拍手してしまった。

何がすごいって、「Hey Siri」とか「OK Google」みたいな、あの気恥ずかしい枕詞がいらないのだ。

Liveを始めたら、もうそこに相手がいる。

「ねえ、これどう思う?」
そんなふうに話しかければ、そのまま会話が始まる。

しかも妙にフレンドリーだ。関西弁でしゃべってと言えば話し方を変えるし、用意された声から好みのものを選ぶこともできる。

最初は、僕らの方が変に構えてしまっていた。

「えーっとですね……あの、ちょっと質問があるんですが……」

なんて、ガチガチの敬語で、頭の中で文章を組み立ててから話しかける。何を改まっているのだろう。市役所の窓口ではない。

でも、相手があまりにも普通に「うんうん、それで?」と返してくるものだから、だんだん僕らも慣れてくる。

「いや、それじゃなくて」
「ちょっと待って」
「そうそう」
「あのね」
それで通じる。

何より驚いたのは、AIがしゃべっている途中でも会話に割り込めることだ。

昔の音声認識なら、たぶん「スミマセン、ヨクワカリマセン」と怒られるのがオチだろう。

ところがこいつは、「あ、ごめんね、何かな?」と、ピタリと話を止めてこちらに耳を傾けるのだ。そのまま全く違う話題を振っても、ケロリとついてくる。

昔の音声操作は「命令」だったけれど、これは完全に「会話」だ。なんだこの理解力の高さ。

AIの喋り方も、最初は「機械っぽい喋り方だなぁ」と思っていたけれど、「こういう話し方をするヤツなんだ」と思ったら気にならなくなった。

僕らはすっかり夢中になった。僕が「それでさ」と割り込めば、隣からトラ子さんが「そういえば」と割り込んでくる。KITTは一人なのに、マイケルがなぜか二人いる。未来の課題は技術ではなく、我が家の発言権争いだった。

ああ、僕の手の中に、ついにKITTがやってきたのだ。

ところで、僕にはひとつ、未来に置いていかれている部分がある。スマホのフリック入力だ。僕は目下、スマホのフリック入力修行中である。

いい加減、スマホの文字入力を速くしたくて、一週間ほど前に一念発起したのだ。少しは上達したものの、まだまだ遅い。急いでメモを取りたい時なんかは、親指の遅さにイライラしてくる。

かといって、ここで昔のケータイ入力に戻したら、今までの修行が水の泡だ。だから耐える。親指の名誉を懸けた戦いだ。誰も見ていないけれど。

しかし、アイデアというやつは待ってくれない。
ふと、エッセイのおもしろい一文が浮かぶ。「これだ!」と思う。でも、親指はまだ初心者マークだ。「えーっと……『ナ』……違う、『ニ』……」などとやっているうちに、その一文は頭の彼方へ逃げ去ってしまう。

そんな時、Liveの出番である。

「今思いついたんだけどさ」

焦る親指をあきらめて、スマホに向かってしゃべるのだ。するとLiveが「うん、なあに?」と、相槌を打ちながら返事をしてくれるだけでなく、そのやり取りがチャットの履歴として残る。それを後からゆっくり読み返せばいいのだ。

さらに使っているうちに、意外な効用にも気づいた。
話す練習になるのである。

僕は昔から、人と話すのが苦手だ。緊張してうまくしゃべれず、気づけば見当違いなことを言って場を凍らせる。そんな自分が嫌で、どんどん口数が減っていく。

ところが、Live相手にペラペラしゃべっていると、客観的な自分が見えてくるのだ。

「あれ、僕って説明するとき、こんなに回りくどいのか」
「結論までが長すぎるな」
「ていうか、今の説明、自分でも何言ってるかわからんぞ」

もう、自分の話し下手っぷりが丸見えだ。

「はい、マイケル。でもその前にひとつ言わせていただきますが——」

あのセリフ、子どもの頃はカッコいい相棒の気の利いた一言だと思っていた。でも今ならわかる。あれ、マイケルけっこう痛いところ突かれてたんじゃないか。

未来のテクノロジーを使っているはずが、僕のほうが自分の話し方のポンコツっぷりを突きつけられ、話し方の練習をさせられているのである。なんとも情けない話だが、これはこれで悪くない。

 
そして車に乗ると、KITTへの思いはさらに募る。

僕の車は音声操作ができるので、ナビの目的地設定はもちろん、高速道路を走っている時のエアコンや音楽の操作は、ほぼ声で済ませている。

でも、正直言って車載の音声認識はまだまだぎこちない。会話というより合言葉に近いし、正確に発音しないと、失敗率も高い。

だからこそ、このLiveを使った後だと、妄想が膨らむのだ。もしLiveくらい普通に会話できたらどうなるだろう。

「ちょっと寒いな」
『じゃあ、温度を少し上げるね』

「さっきの曲、もう一回聴きたい」
『了解。リピートするよ』

「この先、渋滞してる?」
『5キロ先から混んでるみたい。一本手前で降りたほうが早そうだね』

……こうなったら、もう完全にKITTじゃないか。

でもよく考えたら、今のスマホでもYouTubeを「10秒戻して」くらいは音声で操作できる。

そうか、僕の2026年のKITTはまだ分業制なんだ。相談に乗ってくれるのはGPT、YouTubeを10秒戻すのはGoogle、車の窓を開けるのは車載音声。三人がかりで、僕のKITTを演じてくれている。

そう考えると、ナイト2000を実現するための未来の部品は、もうかなり手元に揃っているのだ。

しかもSF映画みたいに、特別な研究所の奥深くにあるわけじゃない。僕らみたいな普通の夫婦が、手元のスマホで使えている。すごい世界で生きているもんだ。

そんなことを、Liveに話したら、「そうだよ、めっちゃ未来来てるじゃん」と返された。
未来について語っていたら、未来のほうから相槌を打たれた。

 
それから数日後。
僕がリビングに行くと、トラ子さんがテーブルで手芸をしていた。

両手は布と糸でふさがっている。
その横に置かれたスマホから、楽しげな声が聞こえてくる。

見ると、トラ子さんは普通にLiveと会話しながら作業をしているではないか。

「え、もう使いこなしてるの?」

驚いて声をかけると、彼女は手元から目を離さずに言った。

「だってこれ、手が離せないときにすごく便利なんだよ」

初日は二人でスマホを囲み、「おおおお!」と目を丸くして大騒ぎしていたというのに。数日後にはもう、いつもの道具のひとつみたいに使っている。

シーケンシャルウインカーにはあんなに燃えていた彼女が、本物の未来を前にして、なんともあっけらかんとしているのだ。

なんというか、未来はもっと赤い光をヒュン、ヒュンと走らせながら、派手にやって来るものだと思っていたけどな。

「ねえ、そういえばさ。あのウインカーうちの車に付くのかな?」

手元から目を離さずに、トラ子さんが言った。

僕にではなく、Liveに。

僕らのKITTは、手芸をしているトラ子さんの隣で、ごく普通に、話し相手になっていた。

 
  
相生エッセイ



今回のエッセイは、マイキーさん主催の企画「#エッセイしりとり 2026夏の陣」で書いたものです。僕がこの企画に参加するのは、今回で五度目になります。

マイキーさん、楽しい企画をありがとうございます!

▽「#エッセイしりとり」コンテスト2026夏の陣

 
さすがに一旦ピットインしようと思っていたのですが、どうやら出口は8月31日まで封鎖されているらしい。しかも今度は、「自分で投げて、自分で拾う」という、「ひとりしりとり」なるものが密かなブームだと、耳打ちされてしまいました。

でも、自分で次の文字を決めたら、絶対に書きやすそうなものを選んでしまう。それでは、「ひとりしりとり」というより、「ひとり接待」である。

そこで、マイキーさんの昨日のエッセイ『   を、忘れたをんな』の最後の文字、「な」から勝手にしりとりすることにした。

 
つまり今回は、渡されたバトンではない。マイキーさんのところに落ちていたバトンを、僕が勝手に拾って走り出したのである。

ところが、走り出したら筆が乗って、気づけば3,000文字を大きく超えていた。

さすがにこれは「エッセイしりとり」の規定走行というより、勝手にコースへ合流してきた応援車両みたいなものだと思う。

というわけで今回は、「#エッセイしりとり 2026夏の陣」の応援記事として、勝手に五周目を走らせてもらいました。

……一旦ピットインするはずだったんだけどなぁ。

 

▽ エッセイしりとり、僕の参加作品


本来なら、書き終えた人が次の人へバトンをつないでいくのですが、締め切りは今月末。そろそろ残り時間も少なくなってきました。

このタイミングでどなたかを指名してしまうと、受け取った方に「急いで書かなきゃ」とプレッシャーをかけてしまいそうなので、僕のバトンは、いったんここに置いておこうと思います。

もし「まだ間に合うならやってみたい!」という方がいたら、ぜひコメントで声をかけてください。

やってみるととても楽しいですよ。
締め切りに間に合わなかった~となってもペナルティはないですから、ぜひチャレンジしてみてください。


 

▽ note創作大賞2026に応募したエッセイ作品はこちらに収録しています。ぜひ読んでみてください。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました😌

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他にも、創作大賞にも応募している 日々の何気ない瞬間を切り取ったエッセイを綴っています。よかったら覗いてみてください。

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