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ルーファ広場の隆一様

ラゾーナ川崎の中央にあるルーファ広場は、ときどき買い物客を観客に変える。

その日も妻のトラ子さんと、いつものように買い物へ行っただけだった。ところが広場をぐるりと囲む人、人、人。二階から見下ろしても、床がほとんど見えない。

「若い人気アイドルでも来てるのかな」

僕はずいぶん気楽なことを言っていた。

それにしても、これだけの人を集めるって誰なんだろう。すっかり野次馬になった僕は、ルーファ広場を見下ろせる二階の通路から、熱気の渦を覗き込んでいた。

その時、司会者のマイク越しの声が響いた。

「それでは登場していただきましょう! 河村隆一さんです!」

え? 河村隆一? うそでしょ?
そう思った瞬間、地鳴りのような歓声が上がった。

そして、隣にいたトラ子さんが豹変したのである。

「隆一様が来てるのッ!?」

普段は、僕のくだらない冗談にため息をついているあのトラ子さんが、手すりを握りしめて今にも黄色い歓声を上げようとしている。

河村隆一が歌い始めると、広場の空気が一変した。ワーッという歓声。沸き起こる拍手。いつものラゾーナが、その数分間だけ武道館みたいになった。

三曲ほど歌って嵐のように去っていったのだけれど、ここまでの盛り上がりはラゾーナで見たことがなかった。

僕がLUNA SEAを聴き始めた頃、知っている人は知っている、という少し尖った存在だった。それが河村隆一のソロ活動が始まる頃には、僕の目にもわかるほど人気の広がり方が変わっていた。

それにしても、トラ子さんまであんなに興奮するとは。
そういえば僕らは、音楽の好みがほとんど違うのに、LUNA SEAだけは二人とも好きだった。

 
僕がバンドというものに夢中になった入り口は、横浜銀蝿であり、RCサクセションだった。そこから尾崎豊なども聴きながら、やがてBOØWYへと傾倒していった。

当時の僕はドカジャンにドカン、頭はリーゼントという、風紀委員が校舎の反対側からでも発見できる、非常に親切な仕様の不良高校生だった。

でも、BOØWYにかぶれた僕は、なんとかして氷室京介みたいに髪をツンツンに立たせたい。しかし、当時使っていた市販のヘアジェルではホールド力が足りない。

そんな時、どこからか「髪を立てるには卵がいいらしいぞ」という、今思えば明らかに胡散臭い都市伝説が回ってきた。

友人の家のガレージで、洗面器に卵を数個割る。
ふと、友人と顔を見合わせた。

「……これ、黄身はどうするんだ?」

全部塗るのか?
白身だけなのか?
それとも、むしろ黄身のほうなのか?

真剣な顔で話し合った結果、「もったいないから黄身は食おう」という結論に至り、僕らは白身だけを一生懸命混ぜて、シャンプーみたいに髪に塗りたくった。

「冷てえ! 気持ち悪ぃ!」

どろどろの白身が頭皮にまとわりつく。目指しているのは氷室京介なのに、ガレージにいるのは生臭い頭をした不良高校生二名である。どう考えても、途中で進化の枝を間違えている。

それでも、ひえーひえー言いながら、いつまでも乾かない白身をドライヤーで必死に乾かした。
するとどうだ。髪はパリパリに固まった。

「おおっ、すげえ! 立ってんじゃん!」

だが、耐久性がないのである。少しでも首を動かそうものなら、ペキペキと白身の鎧がひび割れる。ロボットのように首を固定して歩く練習をしてみたものの、やっぱりこれには無理がある。

結局、白身でどろどろの不良高校生たちは、ガレージのホースから出る冷水で、ギャーギャー騒ぎながら頭を洗い流す羽目になった。
氷室京介にはなれなかった。

だが、音楽への情熱だけは本物だった。
僕が初めて行ったライブは、BOØWYの日本武道館だった。

興奮しすぎていたのか、帰りの記憶はすっぽりと抜け落ちている。でも、武道館に向かう九段下の景色だけは、今でも鮮明に焼き付いている。

九段下から坂を上っていく。周りには、僕と同じようなツンツン頭や黒ずくめの若者たち。誰に言われるでもなく、みんな同じ方向へ歩いていた。たぶん、武道館までの道を知らなくても迷わなかったと思う。前を歩く人たちの髪型が、案内標識になっていたからだ。

いまでも爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」を聴くと、あの日の九段下が戻ってくる。坂道も、風の匂いも、武道館へ急ぐ若者たちの靴音も、開演前の落ち着かない胸のあたりまで、曲と一緒にぶわっと蘇る。

BOØWYは解散するまでずっと追いかけた。
LAST GIGSのチケットが取れなかったときは、「ずっとファンだったのに!」と本気で悔しがった。

BOØWYの後もいろんなバンドを聴いた。その中でも特にハマったのがRED WARRIORSだった。

専門学校時代、研修で八丈島へ向かう船の上で、クラスメイトとずっとRED WARRIORSを歌っていた。目の前には海しかない。潮風とダイヤモンド☆ユカイ。最高じゃないか。

米米CLUBのライブは、違う意味で衝撃的だった。
何しろ、なかなか歌わない。僕の記憶では二時間くらいコントや寸劇を続けたあと、カールスモーキー石井さんが、「まだ二曲しかやってない」と客席を笑わせ、そこから今度はたっぷり歌い始める。

ライブというより耐久型総合娯楽施設なのだが、あれが楽しかった。それからも米米CLUBのライブは何度も足を運んだ。あれほど「客を楽しませる」ことに情熱を燃やすステージを僕はほかに知らない。

そんな雑多な僕の音楽遍歴の中に、突如として現れたのがLUNA SEAだった。

洗練されているのに、どこか近寄りがたい。まだ自分が開けたことのない扉の向こうから鳴ってくるような音だった。

同じ頃、T-BOLANやZARDにも夢中になった。僕の中では、ビーイング時代の始まりである。

もう、ドカンを穿くこともリーゼントを作ることも、もちろん頭に卵の白身を塗りたくることもやめていた。僕の髪型はずいぶんと落ち着いたのだけれど、音楽への熱だけはまったく落ち着いていなかった。

T-BOLANのCDはずいぶん買ったし、大人になってからはカラオケでもよく歌った。そして今でも聴く。ZARDも、BOØWYも、RED WARRIORSも、LUNA SEAも。

そして曲を鳴らすと、その周りにあった場所まで明かりがつく。

BOØWYなら九段下。
RED WARRIORSなら八丈島へ向かう船。
LUNA SEAなら、あの日のラゾーナ。
音楽には、どうも景色まで保存されているらしい。

そんな僕の隣にいるトラ子さんは、まったく違う音楽の道を歩んできた人だった。

彼女はフォークソングに夢中で、自分でもポプコンを目指したことがあったらしい。実際にギターも弾けるし、何度もライブステージに立っていたという本格派である。

僕がガレージで卵白を頭に塗り、ホースの水で洗い流していた頃、トラ子さんはちゃんと音楽をやっていたのである。片方はライブ、片方はガレージで食品事故である。

音楽の趣味も、通ってきた道も、見事なくらい違う。
なのに、そんなトラ子さんが「LUNA SEAだけは好きだった」と言う。だから、あの日のラゾーナで「隆一様!」となったのだ。

ああ、そういえば、トラ子さんとの初めての旅行を思い出す。
千葉の山間にある、小さなペンションだった。朝、鳥の声が聞こえていた。

チェックアウトを済ませて車に向かうと、トラ子さんが突然、「はい、これ」と包みを差し出した。

中に入っていたのは、L'Arc〜en〜CielのCDだった。
『Clicked Singles Best 13』

当時、僕がよく聴いていたのを覚えていてくれたらしい。それがトラ子さんからもらった初めてのプレゼントだった。あれほどたくさんのCDを自分で買ってきたのに、人からもらった一枚は妙に特別だった。

フォークソングを愛する彼女と、ロックにまみれてきた僕。
交わるはずのなかった二人の音楽が、LUNA SEAでほんの少しだけ交差して、L'Arc〜en〜CielのCDとともに一緒に歩き始めた。

それから何年も経って、ラゾーナで河村隆一が歌った。
歌ったのはたった三曲だった。でも、その三曲の向こうには、ずいぶんたくさんの景色があった。

九段下の坂。
八丈島へ向かう船。
笑いっぱなしだった米米CLUBの会場。
ガレージで卵白を頭に塗っている高校生。
鳥の声がする千葉の山。

音楽というのは、曲だけを連れてくるわけではないらしい。

トラ子さんは、あの日以来、ラゾーナに行くたびに「また隆一様来ないかしら」と呟いている。

「さすがの歌声だったよね」

僕がそう言うと、トラ子さんは満足そうに頷いた。

帰りの車で、トラ子さんが訊く。

「何かける?」

僕はスマホを開いて画面を見せる。

『Clicked Singles Best 13』

画面を見たトラ子さんが、少しだけ笑う。

 
  
相生エッセイ



今回のエッセイは、マイキーさん主催の企画「#エッセイしりとり 2026夏の陣」で書いたものです。僕がこの企画に参加するのは、今回で六度目になります。

マイキーさん、楽しい企画をありがとうございます!あともう少し!

▽「#エッセイしりとり」コンテスト2026夏の陣

今回のお題はすごく悩んだ。

「自分で投げて、自分で拾う」という、「ひとりしりとり」なるものが密かなブームだと、耳打ちされたものの、自分で次の文字を決めたら、絶対に書きやすそうなものを選んでしまう。それでは、「ひとりしりとり」というより、「ひとり接待」である。

そこで、マイキーさんのエッセイのタイトルから、勝手にしりとりしようとしているのだけど、昨日のタイトルは「まるいのは、人望です。」

むう。
「。」とな。

昨日僕が投稿した「ナイトライダーは、手芸の隣に」のマイキーさんからのコメント

 
「まるいのは、人望です。」
障害物、猫……なのか?

「。」でエンドなのか。
「。」を避けて、他を拾うのか。
「。」は障害物だと認識すればいいのか。

避けると見えるのが、「す」なんだけど、オフィシャルが求めているのはこれじゃない気がする。

だとすると、なんだ。
「まる」か?「る」か?

「まるいのは、人望です。」で、まるから始まり、まるで終わらせているのかも。だとすればそこに乗ろう。

とりあえず、今日は「る」でいきます。

「る」だと、何ができるかな?
「ルイ・ヴィトンの財布」でいくか。

あぶ、あぶねえ!
もうマイキーさん自身が今日、「ルイ・ヴィトンの財布」の話書いてた!
何かもう、思考回路がどこかで繋がっているんじゃ……🤣

 

▽ エッセイしりとり、僕の参加作品


本来なら、書き終えた人が次の人へバトンをつないでいくのですが、締め切りは今月末。そろそろ残り時間も少なくなってきました。

このタイミングでどなたかを指名してしまうと、受け取った方に「急いで書かなきゃ」とプレッシャーをかけてしまいそうなので、僕のバトンは、いったんここに置いておこうと思います。

もし「まだ間に合うならやってみたい!」という方がいたら、ぜひコメントで声をかけてください。

やってみるととても楽しいですよ。
締め切りに間に合わなかった~となってもペナルティはないですから、ぜひチャレンジしてみてください。


 

▽ note創作大賞2026に応募したエッセイ作品はこちらに収録しています。ぜひ読んでみてください。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました😌

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他にも、創作大賞にも応募している 日々の何気ない瞬間を切り取ったエッセイを綴っています。よかったら覗いてみてください。

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