重要な場面ほど履歴書に書けないスキルが効く
こんにちは、白石と申します。
新規事業の立ち上げを、キャリアのほとんどの時間で続けてきました。
初対面の場で「お仕事は何をされているんですか」と聞かれる時が、今でも少し苦手です。新規事業をやっています、と答えると、大抵はもう一段だけ掘られます。「具体的にはどういう業務ですか」と。ここが、いつも難しいところです。企画も書きますし、市場も調べますし、営業にも出ますし、面接にも入ります。数字も作りますし、人の相談にも乗ります。どれも本当のことなので、正直に並べていくと、説明のほうがどんどん長くなっていきます。
新規事業開発は、総合格闘技のようなものだと思っています。要するに、必要なことは全部やる。それが仕事の中身です。ただ、この「全部やる」を一語で言い表す言葉が、世の中に用意されていません。長く新規事業の立ち上げに携わってきた立場から書きますが、これは私の説明が下手だという話ではないと思っています。仕事のほうに、名前がついていないのです。そして名前のついていない仕事には、値段もつきません。求人票にも、研修のカリキュラムにも、資格の一覧にも入ってきません。それなのに、現場で実際に効いているのは、その「名前のないほう」のスキルです。この矛盾を、ずっと面白いと思いながら見てきました。自分の仕事を一言で説明しにくいと感じている方に向けて、今日はその話を書きます。
肩書きで説明できない10年
名刺に印刷される肩書きは、時期によって変わってきました。
企画、開発、推進。そういう語の組み合わせです。どれも間違ってはいないのですが、その肩書きを見た人が、私が明日何をするのかを想像できるかというと、まず無理だと思います。これは社内でも同じで、「あの人は何をしている人なのか」と誰かが聞いた時に、周りが一言で答えられません。引き継ぎのために自分の業務を書き出してみたことが何度かありますが、一覧が30行を超えても終わりが見えず、しかもその30行のどれもが、そのまま人に渡せる形になっていませんでした。
新規事業に限った話ではないとも思っています。事業と事業の間、部署と部署の間、決まっている仕事と決まっていない仕事の間。そういう場所に立つ仕事には、大抵、名前がありません。あなたの仕事がこの辺りにあるなら、たぶん同じ苦労をしているはずです。
名前がないのは、困ります
何処が困るのかを整理すると、三つあります。
①自分の仕事を一言で説明できない。
②周りがその仕事を評価できない。
③身につけたものを、他所でも通用する形にできない。
三つ目がいちばん厄介です。何が身についたのかは、自分では言えます。ただ、それを社外の人にも伝わる言葉に直そうとすると、途端に手が止まります。同世代が「私はマーケティングです」「私は財務です」と一言で答えているのを横で聞くと、彼らは自分の持ち物に最初から名札がついているのだな、と思います。
何故この名前のない場所に立つことになったのか、その経緯そのものは以前に一本書いています。
履歴書に書けるものだけが残る
転職を考えていない人でも、職務経歴書を一度書いてみると、この構造がはっきり見えます。書式が用意している欄は、担当した事業、期間、役割、実績の数字、使ったツール、持っている資格です。ここに入るものだけが「経歴」として残り、入らないものは、何年かけていようと残りません。
私が実際にやってきたことのうち、この書式に収まるのは半分もありません。残りは、書こうとすると急に長くなります。前提の説明から始めないと意味が通らないからです。そして長くなった説明は、読む側にとっては読み飛ばす対象でしかないので、結局こちらが削ります。
削ったほうに、いちばん時間を使ってきた仕事があります
転職の予定がなくても、同じことは社内で起きます。異動希望や自己申告のシートにも、書ける欄と書けない欄があります。あの案件で自分が何をしたのかを書こうとすると、やはり長くなり、やはり削ることになります。面接でも同じで、事業の話をすると必ず「その中でご自身の役割は何処ですか」と聞かれます。正直に答えるなら「全部です」に近いのですが、それは何もしていないのと同じに聞こえてしまいますし、かといって「企画立案です」と言い切ってしまうと、実際にやったことの3割くらいしか説明していないことになります。どちらを選んでも実態からずれるので、この質問に上手く答えられた記憶がほとんどありません。
名前のある能力は、書式の側が先に枠を用意してくれています。名前のない能力は、自分で言葉を作らない限り、書く場所そのものが存在しません。
名前がつくと市場が後からできる
長くHRの領域に身を置いてきた立場から少し種明かしをすると、この順番ははっきりしています。
先に名前があって、後から市場ができます
「データサイエンティスト」「カスタマーサクセス」「プロダクトマネージャー」。この10年で名前がついた職種は、名前がついた後に一気に整いました。求人票の項目ができ、年収の相場ができ、研修のカリキュラムができ、資格ができ、それを教える人が現れました。能力そのものは、名前がつく前から誰かが持っていたはずです。名前がついたから生まれたのではなく、名前がついたから数えられるようになった。それだけの違いだと思っています。そして数えられるようになったものにしか、値段はつきません。
企業が人を採るには、まず職種の枠を作る必要があります。枠を作るには名前が要ります。研修に予算をつけるにも、稟議に書ける名前が要ります。評価制度に載せるにも、等級表の行に書ける名前が要ります。つまり、会社という仕組みは、名前のある能力しか扱えません。「あの人にしかできない、あの動き」という説明は、その職場の中でしか通用しないので、制度には載らないのです。
自分の市場価値をどう伸ばすかという話は、以前に別の角度から書きました。名前のある能力を足していくやり方として読めると思います。
現場で効いているのは書けないほう
ここで、大雑把な仮説を一つ立ててみます。
名前のつきやすい能力を「ハードスキル」、名前のつきづらい能力を「ソフトスキル」と呼び分けてみる、というものです。財務も、統計も、語学も、資格になっている能力はだいたいハードスキル側にあります。書式に書けるのはこちらです。ただ、ソフトスキルという言葉には、困ったところがあります。名前がついているようでいて、実は何も指していないのです。「コミュニケーション能力」と同じで、これは袋の名前です。袋には名前があっても、中に入っている一つひとつには、やはり名前がありません。そして実際に案が前に進むかどうかを決めているのは、この袋の中身のほうです。
会議に出す前に、誰にどの順番で話しておくかの組み立て。反対されそうな論点を、自分から先に机の上に出すかどうかの判断。まだ数字になっていない違和感を、違和感のまま言葉にして相手に渡すスキル。撤退の話を、担当者の人格の話にせずに始める切り出し方。目の前の人が、自分の出した数字を本当に信じているかどうかを見抜く力。
どれにも名前がありません
研修のカリキュラムに入っていませんし、資格もありませんし、求人票の必須要件にも書かれていません。それでも、これができる人とできない人とでは、同じ案の生き残る確率が全く違います。
何故これらに名前がつかないのか。理由は、たぶん切り出せないからです。ハードスキルは、人から切り離して持ち運べます。統計の知識も財務の知識も、誰が持っていても同じように使えるので、教えられますし、測れますし、値段もつきます。
袋の中身のほうは、その場の関係と歴史に埋まっています。誰と誰が過去に何で揉めたのか、どの部署がどの言葉に反応するのか。そういうものを全部含んだうえでの判断なので、その場から取り出した瞬間に意味を失います。新しく入ってきた人に「まず何を覚えればいいですか」と聞かれることがありますが、この質問に上手く答えられた例がありません。「感覚です」と言ってしまえばその場は終わりますが、それは何も教えていないのと同じです。
教えられないものには、名前がつきません。名前がつかないものには、値段がつきません。値段がつかないものは、市場に出せません。それでも現場では、そこがいちばん効いています。私はこれを、ずっと歪んだ話だと思ってきましたし、今も、きれいに納得できているわけではありません。
自分で名前をつけるという手
ここまで書くと、名前のない仕事は損だ、という話に見えます。実際、市場のうえでは損です。ただ、打てる手が一つだけあります。
名前がないなら、自分でつけてしまう
私は数年前から、自分のことを「新規事業家」と名乗っています。世の中にある職種名ではありません。求人票にも出てきませんし、そういう資格もありません。私が勝手に作って、勝手に使い始めた言葉です。最初は気恥ずかしさがありました。名乗った瞬間に「それは何ですか」と聞き返されたらどうしようと思っていましたし、実際に何度か聞き返されました。それでも名乗ってみると、説明が短くなりました。企画も開発も営業も採用もやります、と並べる代わりに「新規事業家です」と言えば済みます。相手は正確には理解していませんが、輪郭だけは伝わります。そのうえで「それは何ですか」と聞かれれば、今度はこちらの土俵で説明できます。順番が逆になるだけで、こんなに楽になるのかと思いました。
この言葉に何を込めたのかは、一本の記事にしてあります。自分で作った名前を、自分で定義しにいった記録です。
そしてもう一つ、仕事の名前とは別に、自分のスキルセットのほうにも名前をつけています。「ゼネラリストのスペシャリスト」です。ハードスキルもソフトスキルも一通り持っていて、フェーズによって何でもやれる。それを一言で表そうとして、この言い方に落ち着きました。ゼネラリストという言葉だけだと、器用貧乏のような響きがついて回ります。スペシャリストという言葉だけだと、一つのことしかできないという含みが出ます。両方を並べてしまえば、どちらの誤解も避けられますし、何より自分の実態にいちばん近い。
もしあなたが「全部やる」側の仕事をしているなら、この作り方は真似できると思います。自分が実際にやっていることを二つの語で挟む。それだけで、説明にかかる時間が変わります。
ただ、これは万能ではありません。中身のない言葉を名乗ると、ただ寒いだけです。私の場合も、名乗った時点で中身が揃っていたわけではありませんでした。
名乗りは、前借りです
先に名前を出して、後から実績で埋めにいく。埋まらなければ、その言葉は自分でも使わなくなります。私にも、名刺に刷ったあとで使わなくなった肩書きがいくつかあります。誰に責められるわけでもなく、静かに消えていきました。
名前がないまま続けてきた理由
若い頃は、名前のない場所にいることを不安に思っていました。
名前のある専門性を持っている同世代を見て、自分には積み上がっているものが何もないのではないかと思っていました。今は、少し違う見方をしています。名前がついた仕事は、名前がついたその時点から、誰にでもできるように分解され始めます。カリキュラムができ、資格ができ、教える人が現れ、人が供給されます。名前がつくというのは、値段がつくことであると同時に、"代わりが用意され始めること"でもあります。
まだ名前がついていない場所には、まだ誰も来ていません
もしあなたが今、自分の仕事を一言で説明できない場所にいるなら、それは積み上がっていないということではないと思います。名前のほうが、まだ追いついていないだけです。書式に入らなかったものを、一度だけ自分の言葉で書き出してみてください。他人に見せる必要はありません。書き出したものに自分で名前をつけられた時、それは説明できる持ち物に変わります。
私がこの10年いたのも、そういう場所でした。書式には入りませんでしたが、そこにしかないスキルは確かにあって、それは今も手元に残っています。少なくとも、誰かに代わってもらえた記憶はありません。名前がないことには、そろそろ慣れました。慣れたうえで、たまに自分で名前をつけてみる。今のところ、そのくらいの距離感でやっています。
名前のないスキルの一つを、直近の記事で書きました。会議での賛成と無関心を、どうやって見分けるかという話です。
また、以下に新規事業を職種としている方のキャリアについてヒントになる記事もまとめておりますので、お時間許せば覗いてみてください。
いかがだったでしょうか。
貴方の中に少しでも気づきを与えられていたら嬉しいです。
それでは。
