『不安は、笑顔の奥にいた。──小さなハルの話』
──“あなたの中にも、小さな子はいますか?”
“大人になった今でも、
ときどき、迎えに行ってあげたくなるんです。
あのとき、本当はちゃんと気づいていたのに、
わたしは、何もできなかったのかもしれない。
笑っていた、あの子の奥に、
ほんとうは、不安がいた。”
“今になってやっと、
あの子のもとへ、迎えに行ける気がしています。”
第1話は、小さなハルのお話。
家の中で「不安」を出すことが許されなかった彼が、
静かに“生きる力”を感じていた、湖のほとりの話。
⸻
母は、感情がそのまま顔に出る人だった。
きっと、本当は誰かに頼りたかったのだと思う。
でも、その相手はいなかった。
だから──
ハルが、自然とその役割を引き受けていた。
選んだわけじゃない。
ただ、そうするしかなかったのだ。
ハルは長男として、頼られて、
不在がちな父の代わりに、母と妹たちのそばにいた。
物静かで、穏やかな子だった。
でも、私は知っている。
あの笑顔の奥には、
ちいさな不安が、
ちゃんと棲んでいたことを。
⸻
ハルは、決して不幸だったわけじゃない。
けれど──
家の中で、どこか居場所を探しているように見えた。
優しい彼は、家の中で、
不安を出しちゃいけなかった。
誰かを困らせたくなかった。
きっと、気づかれないように、何度も飲み込んできた。
だからだろう。
ハルが、本当に安心できたのは
あの風景の中だった──
⸻
うちからすぐの、湖のほとり。
近所のおじいさんたちのそばで、
言葉のいらない時間のなか、
ただ、釣り糸を垂らしていた。
湖の向こうには、八ヶ岳や、晴れた日は富士山が見えた。
その大きな山々は、何も言わないまま、
彼に「生きるってことは、簡単じゃないよ」と教えているようだった。
糸をヘラブナが引く瞬間の衝撃。
胸がふっと跳ね上がるような、あの一瞬の高鳴りが、
彼をどうにか、この世界につなぎとめていたんだと思う。
浮子のわずかな揺れから読み取る、水の動き。
湖底のかたち。
そして、ヘラブナとたった一人で向き合う、息を呑むような時間。
そのすべてが、彼の中の“生きる”を、
何度も何度も、引き戻していたのかもしれない。
波の音と、糸の先のかすかな手応え。
あのとき──
ハルの心は、ほんの少しだけ、自由だった気がする。
⸻
もし、
あなたの中にも言葉にならなかったあの子がいるなら──
いっしょに迎えに行こう。
釣り糸の先に、そっと
“安心”を静かに結んでおくよ。
──
読んでくれて、ありがとう。
あなたが、ここにいてくれてよかった。
よければ、ひとことだけでも、残していってね。
still.
**
▶︎次回:「第2話|『朝焼けの幻想──わたしはまだ作家じゃない』」
◀︎前回:『まえがき|わたしはプロじゃない』
▶︎続編:番外編|大人になったハルの声
▶︎シリーズ|「待たせてごめんね。むかえにきたよ。」はこちら
※第3話小さなレンのお話以降は今だけ無料です。
**
▶︎プロフィールはコチラから。
▶︎おすすめ記事はコチラから。
▶︎still.の動物たちシリーズはこちら。
《XとstandFMもやってます。》
▶︎Xはこちら
▶︎standFMはこちら
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、応援お願いします!いただいたチップは活動費として大切に使わせていただきます!