見出し画像

二十年PMが見てきた。「転ばない人」より「戻ってこられる人」が強い——さだまさしに学ぶ、人生後半の復活力

プロローグ

正直に言う。

若い頃の私は、人生とは上に行き続けるものだと思っていた。出世、成功、右肩上がり、失敗しないこと。そんなものが強さだと思っていた。だから一度の失敗を恐れた。評価を落とすことを恐れた。誰かに「あの人は終わった」と言われることを、何より恐れていた。

しかし二十年以上現場にいると、まったく違うことが見えてくる。本当に強い人とは、転ばない人ではない。何度でも戻ってこられる人である。そして、その「戻ってこられる力」を、人生をかけて証明してきた人物がいる。さだまさしさんである。本シリーズで取り上げてきた賢人たちの中でも、おそらく中心に位置する人だと思う。本記事では、二十年の現場経験と、さだまさしさんという稀有な存在を重ねながら、AI時代における「復活する構造」について考えていきたい。

第一章 人生は直線エスカレーターではない

世の中は、成長し続けろ、上を目指せ、もっと頑張れ、と繰り返し言う。書店のビジネス書コーナーに並ぶ本のほとんどが、この三つの命令で構成されている。

しかし、人生はそんなにきれいではない。人災、失敗、病気、借金、挫折、イップス、人間関係の破綻、家族の事情。二十年もやれば、そんなものは山ほどある。一度も転ばずに四十年の職業人生を終える人など、ほとんど存在しない。だから、人生は直線ではない。螺旋階段である。同じ場所に戻ってきたように見えても、必ずどこかで一段上がっている。下りているように感じるときも、実は別の角度から登り直しているだけなのかもしれない。この螺旋構造を理解できるかどうかが、人生後半の安定を決める。

第二章 三十五億円の借金

さだまさしさんを語るとき、避けて通れないのが映画『長江』である。一九八〇年代初頭、彼は中国大陸を舞台にした壮大なドキュメンタリー映画に情熱を注いだ。製作は難航し、結果として莫大な借金を背負うことになった。当時の報道では三十五億円とも言われた金額である。普通なら、そこで人生が終わってもおかしくない数字だった。

しかし、終わらなかった。奇跡が起きたわけではない。宝くじが当たったわけでもない。後援者が全額肩代わりしたわけでもない。彼がやったことは、ただ一つだった。毎年コンサートをする。ラジオを続ける。小説を書く。少しずつ返す。また歌う。それを何十年も続けた。

この事実が、私には衝撃だった。復活を支えたのは、天才性ではなく、巡航速度だった。一発逆転ではなく、地道な継続だった。三十五億円という数字に押し潰されず、自分のできることを、自分のペースで、長く続ける。その積み重ねだけが、彼を救った。これは才能の話ではない。設計と意志の話である。

第三章 続けた人がプロになる

二十年PMをやってきて、しみじみ思うことがある。いつでも、自分よりすごい人はいる。資料が上手い人、説明が上手い人、技術のある人、頭のいい人。挙げ始めればきりがない。

しかし、十年後、二十年後、現場に残っている人は、別の人だった。最も優秀だった人ではなく、諦めなかった人。また戻ってきた人。少し笑いながら、続けた人だった。優秀さは、瞬間最大風速を決める。しかし継続力は、生涯総量を決める。短期的には優秀さが目立つが、長期的には継続が勝つ。

さだまさしさんの五十年にわたる活動を見ていると、この真実が痛いほど分かる。彼より歌が上手い歌手はたくさんいた。彼より楽器が上手い演奏家もいた。彼より小説が上手い作家もいた。しかし、歌い、語り、小説を書き、ラジオをやり、映画に挑み、借金を返し、また歌う、ということを五十年続けた人は、ほとんどいない。プロとは、特別な才能の持ち主ではなく、続けた人のことを指すのだと思う。

第四章 人は失敗した人に救われる

AIは失敗しない方向へ進化していく。エラーを減らし、精度を上げ、最適解に近づく。これはAIの宿命であり、価値の源泉でもある。

しかし、人間は失敗する。転ぶ。迷う。壊れる。借金を背負う。判断を誤る。誰かを傷つけてしまう。だからこそ、転んだ人の言葉に救われる。完璧な人の励ましは、なぜか心に届かない。一度も挫折したことのない人の「頑張れ」は、しばしば暴力に近い。一方、何度も失敗してきた人の「大丈夫」には、不思議な重さがある。

さだまさしさんの歌が長く聴かれ続けるのは、歌の上手さや作詞の技巧だけが理由ではない。彼自身が転び、迷い、借金を背負い、それでも戻ってきた人だからだ。聴き手は、歌そのものを聴いているのではなく、その歌を歌う人の人生を聴いている。借金、挫折、遠回り。それらは無駄ではなかった。むしろ、誰かの帰る場所になった。失敗の総量が、その人の「安心の発生装置」としての価値を決める。これはAIには絶対に持てない領域である。

第五章 「償い」と「風に立つライオン」

さだまさしさんの代表曲を並べてみると、不思議な多様性に気づく。「償い」のような静かで優しい歌。「風に立つライオン」のような壮大な歌。「関白宣言」のようなユーモアを含んだ歌。そして数千回に及ぶコンサートでの軽妙なトーク。借金、小説、ラジオ、映画。全部バラバラに見える。

しかし、根っこは一つなのだと思う。彼の作品と人生を貫いているのは、「人間は強くなくてもいい、完璧でなくてもいい、それでも誰かを少し安心させることはできる」というメッセージである。「償い」は加害者の物語であり、強さの物語ではない。「風に立つライオン」も英雄譚ではなく、迷いながら自分の道を選ぶ人間の物語である。彼は一貫して、強い人間を讃えなかった。弱さを抱えたまま、それでも生きていく人間の姿を描き続けた。

これは、本シリーズで取り上げてきた他の賢人たちと深いところで通じている。さんまの「生きてるだけで丸儲け」も、所ジョージの「巡航速度」も、水木しげるの「無理をしない戦略」も、タモリの「何者かにならなくてもいい」も、すべて「強くなくていい」というメッセージの別表現である。さだまさしさんは、それを五十年にわたって歌い続けてきた人だった。

エピローグ

二十年PMが見てきた結論を、もう一度書いておきたい。

人生後半で大切なのは、ずっと走り続けることではない。転んでも、少し休んでも、また戻ってくること。そして、誰かにとって「戻ってきてもいい場所」になること。それだけが、最後まで自分の手元に残る価値である。

さだまさしさんを見ていると、本当の強さとは、才能でも、優秀さでもなく、諦めずに続ける優しさなのかもしれないと思う。そして短期評価ではなく長期残存価値とは、何度転んでも、少し笑いながら、また歩き出せることなのかもしれない。三十五億円の借金を、歌と語りと小説で返した人がいる。この事実そのものが、人生後半を生きるすべての人への、最も静かで最も力強い励ましになっている。

気合や根性ではなく、構造として自分を運用する。転ばないことを目指すのではなく、戻ってこられる導線をあらかじめ設計しておく。優しいまま、壊れないこと。それが、AI時代に長く残るための、もっとも人間らしい戦略である。さんま、所ジョージ、高田純次、水木しげる、タモリ、黒柳徹子、そしてさだまさし。この七賢人は誰一人として「もっと頑張れ」とは言わない。しかし全員が、優しいまま壊れず、少し笑いながら長く生きる、という同じ北極星を見ている。

本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。

▼関連記事|人物で読む、長期残存価値シリーズ

・明石家さんまに学ぶ、生き残る構造
https://note.com/quiet_emu2080/n/n03cbffa5cec3

・所ジョージに学ぶ、人生後半の巡航速度
https://note.com/quiet_emu2080/n/n9b6c2d0c0f7c

・高田純次に学ぶ、深刻にならない技術
https://note.com/quiet_emu2080/n/n2fa8a318ba2a

・水木しげるに学ぶ、無理をしない戦略
https://note.com/quiet_emu2080/n/n7e7c0400b233

・タモリに学ぶ、人生後半の構造
https://note.com/quiet_emu2080/n/nc360dc60d686

・さだまさしに学ぶ、人生後半の復活力
https://note.com/quiet_emu2080/n/na1cf3ca63ade

・野村克也に学ぶ、弱者の戦略
https://note.com/quiet_emu2080/n/naed4f511935e

▼マガジン|人物で読む、長期残存価値シリーズ
https://note.com/quiet_emu2080/m/me8d794a161df

▼あわせて読みたい関連記事

・部下をつぶすPMと育てるPM
https://note.com/quiet_emu2080/n/nb9663002771b

・怒らない上司(無料)
https://note.com/quiet_emu2080/n/ne8ec973a6e19

・PMが絶対に失敗するのはスキルじゃない
https://note.com/quiet_emu2080/n/n1b1110656a0c

・AIを使い続けた3年間の正直な記録
https://note.com/quiet_emu2080/n/n8a9843349c9a

▼関連マガジン

・現場PMの実践ノート
https://note.com/quiet_emu2080/m/mb3eda5b30688

・エンタメ×PMマガジン
https://note.com/quiet_emu2080/m/mf01b3630a0da

・キャリアマガジン
https://note.com/quiet_emu2080/m/mf96a1ab04ea6


©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090


いいなと思ったら応援しよう!

shiraco よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!