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チャレンジマネジメントのすすめ

人を育てるのではなく、育つ仕事を管理する

人材育成を重視している会社は多いと思います。研修を用意し、半期ごとに目標を決め、1on1をする。次世代リーダー候補を選び、特別な研修へ送り込む会社もあります。

では、少し質問を変えてみます。「今、この会社にある“人が成長できる仕事”を一覧で見せてください」。こう聞かれて、すぐに出せる会社はどれくらいあるでしょうか。研修メニューは一覧になっている。人材情報もシステムに入っている。それなのに、実際に人を大きく成長させる「仕事」は各部署にバラバラに転がり、誰に任せるかは現場のマネージャー次第です。
そこで提案したいのが、「チャレンジマネジメント」です。これは、すでに確立された一つの経営手法ではありません。既存の考え方を組み合わせ、次のように考えます。

チャレンジマネジメント = 人が育つ仕事を増やす × その機会を社内で公開する × 価値の高いものから実行する

人を眺めながら「どう育成しようかな」と考えるのではありません。会社として価値のあるチャレンジングな仕事を常にストックし、「誰にとって次のステップになるか」も考えてアサインする。人材育成ではなく、チャレンジの在庫とアサインを管理する。これが基本的な考え方です。

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「少し難しい仕事」を在庫にする

会社には、「中長期的な観点でやるべきだが、日常業務ではなかなか手がつかないこと」が大量にあります。部署をまたぐ業務プロセスを見直す。新しい顧客層を調べる。海外事例を自社へ応用できないか検証する。AIを前提に業務を設計し直す。昔から使っているKPIを見直す。

価値はある。でも、今日やらなくても大事故にはならない。そういう仕事は、だいたい「いつかやろう」の棚に入ります。そして、その棚はなかなか開きません。これらをチャレンジ案件としてストックしておきます。

ポイントは、「ものすごく難しい仕事」を集めることではありません。本人にとって少し難しい仕事を作ることです。経験20年の人でも、初めて海外事業を担当するならチャレンジです。管理職でも、初めてAIを前提に組織を再設計するなら簡単ではありません。チャレンジマネジメントは若手育成の仕組みではなく、全員を対象にできます。

研究でも、挑戦的な仕事は能力開発につながる一方、難しければ難しいほどよいわけではありません。また、難しい仕事ほど適切なフィードバックが重要だとされています。若手に「来月から海外事業、全部よろしく。成長できるよ!」では、育成というより無茶振りです。必要なのは、今の能力でもなんとか手が届きそうだけれど、今まで通りのやり方では解けない仕事です。

仕事のアサインは、未来の能力も配っている

難しい仕事を経験すると、新しい能力だけでなく実績も手に入ります。「部署横断プロジェクトを担当した」「新しい事業を立ち上げた」「大きな顧客を任された」。すると、その次にも重要な仕事を任されやすくなります。能力が仕事を呼び、仕事が能力を作り、その実績がまた次の仕事を呼ぶ。

この構造については、以前「配属ガチャは3年後の能力ガチャ―それでも、次の仕事は少しずつ変えられる」で詳しく書きました。今回は会社側から考えます。

重要案件を毎回「今、一番できる人」に渡すのは合理的です。失敗されたら困るので当然です。しかし、それを繰り返せば、その人だけがさらに多くの経験を積みます。一方、「まだ任せるのは心配」と判断された人には、似た仕事ばかりが回る。数年後には、本当に能力差になっています。

つまり、仕事のアサインは、現在の能力を使っているだけではなく、未来の能力まで作っています。しかも、これを直属のマネージャーだけに任せると別の問題も起きます。

「面白そうな仕事」だけ集めると、社内文化祭になる

ただし、「みんながやってみたい企画を募集しましょう」ではありません。それでは社内文化祭になりかねません。チャレンジ案件には、二つの価値が必要です。

一つは、会社にとっての価値。売上、利益、顧客価値、コスト削減、リスク低減、将来の事業機会につながるか。もう一つは、担当する人にとっての成長価値。新しい判断、責任、知識、関係者、問題解決を経験できるか。狙いたいのは、この両方が高い仕事です。

普段と違う仕事だからといって、何でも成長機会になるわけではありません。議事録を大量に任せても、プロジェクト名を横文字にしても、突然すごい経験になるわけではない。会社に価値があり、その人に今までとは違う判断を要求する。そんな案件を選びます。

そして、全部やる必要もありません。会社には、実行できる以上の「やったほうがよいこと」があります。そこで、プロジェクトのポートフォリオ管理と同じように、重要度や期待成果を比べて優先順位をつけます。良い案件だからやる、ではありません。他の案件より価値が高いからやる。この選別があるから、育成と事業成果を同じ方向に向けられます。

社内公募だけでは、まだ半分

これに近い仕組みは、すでに一部の企業で存在します。たとえばSchneider Electricでは、社員が通常の異動だけでなく、短期間のプロジェクトやメンタリングなどの機会へアクセスできる仕組みを作っています。一般には、こうした仕組みを「社内の機会を市場のように流通させる考え方」と捉えることができます。

これはチャレンジマネジメントにかなり近い。ただし、機会を公開するだけでは半分です。「どんな仕事に手を挙げられるか」と同時に、「そもそも会社として、どんな仕事へ人を投入する価値が高いのか」も決める必要があります。

だから、チャレンジマネジメントでは、挑戦機会を公開すること価値の高い案件を選ぶことをセットにします。社員の「やってみたい」と会社の「これはやる価値がある」が重なる場所を作るわけです。

良いチャレンジでは、「どうやるか」より「何をやるか」を問われる

チャレンジ案件には、もう一つ大きな育成価値があります。普段の仕事では、「どうやるか」へのフィードバックが中心になりやすいものです。資料はもっと短くする。顧客にはこの順番で説明する。この分析方法を使う。コードはこう書く。もちろん、どれも重要です。

ところが部署横断プロジェクトや新しい企画を担当すると、聞かれることが変わります。「そもそも、なぜこの問題を解くのか」「なぜ今なのか」「なぜこの顧客なのか」「なぜこの部署の時間を使うのか」「他の案ではなく、なぜこれなのか」。つまり、「どうやるか」ではなく「何をやるか」にフィードバックが返ってくるようになります。

これは大きな経験です。以前「『視座を上げる』は『上司の立場で考える』ではない」でも書きましたが、一段上の判断を経験するには、実際にその意思決定へ入るのが早い。チャレンジマネジメントは、この機会を個人の運任せにせず、組織として作る仕組みとも言えます。

ただし、仕事を渡して終わりではありません。適切なスポンサーやレビュー担当を置き、重要な判断について話し、結果が出たらフィードバックする。少し難しい仕事+一段上の判断+フィードバック。ここまで揃うと、仕事そのものがかなり強い育成装置になります。

AIで空いた時間には、行き先が必要になる

そして、この仕組みはAI時代になるとさらに重要になります。生成AIによって、「以前は2時間かかっていた仕事が30分で終わる」といったことが増えています。では、空いた1時間30分を何に使うのでしょうか。

知識労働者を対象にした実験では、生成AIを使った人はメールに使う時間などを減らしました。一方で、仕事の構成そのものが大きく変わったとは確認できませんでした。AIで2時間空いたら、2時間分の新規事業が勝手に生えてくるわけではないようです。

個人の仕事が速くなっても、その余力が会社にとって最も価値のある仕事へ自動的に移るわけではありません。そこで、あらかじめチャレンジ案件の在庫を持っておく。通常業務がAIで効率化され、余力ができたら、優先順位の高いチャレンジへ人を移す。

すると、AIで効率化する → 余力が生まれる → 価値の高い仕事へ再投資する → 新しい成果が生まれる → 担当した人にも新しい能力が残るという循環ができます。

以前「マネジメントは、人を管理する仕事ではない」で、AIで今の仕事を少し速くするだけではなく、人を新しい価値へ移す必要があると書きました。チャレンジマネジメントは、その具体策の一つです。AI時代に見るべきなのは、「何時間削減できたか」だけではありません。削減した時間を、何に再投資できたかです。

人材育成より、チャレンジの在庫を見る

チャレンジマネジメントは、最初から大きな仕組みを作らなくても始められます。まず、会社や部門として「価値はあるのに、まだ十分に着手できていない仕事」を集める。それぞれについて、期待する成果、必要な時間、難易度、経験できること、支援する人を簡単に書いておく。

そしてアサインするときに、「誰が一番うまくできるか」だけではなく、「誰にとって、この仕事が次の一段になるか」も考える。もちろん、会社の命運を左右する案件を、育成だけを理由に未経験者へ丸投げする必要はありません。事業上のリスクと本人の現在地を見ながら、支援できる範囲で選べばよい。

対象は若手だけではありません。30代でも40代でも50代でも、初めて扱う問題はあります。会社に未解決の問題がある限り、チャレンジもなくなりません。

あらためて整理すると、チャレンジマネジメント =人が育つ仕事を増やす × その機会を社内で流通させる × 価値の高いものから実行する、ということです。

「経験による育成」だけなら、難しい仕事を任せるという育成論です。「挑戦機会の公開」だけなら、社内でさまざまな仕事へ手を挙げられる仕組みです。「案件の優先順位づけ」だけなら、経営資源を重要なプロジェクトへ振り向ける話です。この三つを組み合わせると、会社が解くべき問題を、人が成長する機会として流通させる仕組みになります。

人材育成というと、つい人のほうを見ます。でも、ときには仕事のほうを見たほうがいい。「今、この組織にはどんなチャレンジが余っているだろう」と考えてみる。会社には、解けていない問題が山ほどあります。それなら、育成のためにわざわざ架空の課題を作らなくてもいい。

人を育てる仕組みを増やすより、人が育つ仕事を絶やさない。

それが、チャレンジマネジメントです。


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