なぜ、優秀なプレーヤーが管理職で苦戦するのか ―ピーターの法則
会社で働いていると、ときどき不思議な昇格を見かけます。営業として圧倒的な成績を出していた人が、営業部長になる。エンジニアとして誰よりも難しい問題を解いていた人が、開発部長になる。企画のエースが、チームを持つようになる。
周囲も本人も、だいたい喜んでいます。「ついにですね」「順当ですね」となる。ところが半年ほどすると、少し様子が変わる。本人は会議と1on1に追われ、部下は「あの人、プレーヤーの頃はすごかったんだけどな」と言い始める。なんとも切ない。
なぜ、優秀だった人が、昇格すると急に苦戦するのでしょうか。
優秀だから昇格する。だからこそ問題が起きる
この現象を説明する有名な考え方が「ピーターの法則」です。階層組織では、人は現在の役職で成果を出すと昇格します。そして次の役職でも成果を出せば、また昇格する。この繰り返しによって、最終的には「その人が十分に成果を出せない役職」で止まる、というものです。
少し意地悪な法則に聞こえますが、構造として考えるとかなり合理的です。優秀な営業担当者を昇格させるのは自然です。しかし、営業担当者に必要なのは、自分で顧客を理解し、提案し、受注する能力です。営業マネージャーに必要なのは、人を配置し、案件をレビューし、部下を育て、チーム全体の成果を上げる能力です。
仕事内容が変わっているのに、前の仕事の成績で次の仕事を任せている。考えてみれば、なかなか大胆です。
しかも昇格には「適任者を配置する」以外の意味もあります。成果を出した人への報酬です。「これだけ頑張ったのだから、次は課長に」というわけです。つまり会社は、今の仕事で活躍した人へのご褒美として、別の仕事を渡していることがあります。ここにピーターの法則が生まれやすい構造があります。
防ぎ方を全部並べると、四つしかない
では、どうすれば防げるのでしょう。できることを整理すると、大きく四つに分かれます。
一つ目は、そもそも管理職にしなくても報われるようにすることです。専門職でも給与や等級を上げられれば、「優秀だから管理職へ」という圧力を弱められます。
二つ目は、昇格する前に次の役職への適性を確かめること。
三つ目は、とりあえず昇格させ、その後に研修やコーチングで育てること。
四つ目は、合わなければ元の役職へ戻すことです。
理屈の上では、この四つです。しかし、日本企業で考えると事情が変わります。管理職以外でも報いる仕組みは重要ですが、それだけでは「誰を管理職にするか」は決まりません。昇格後の育成も必要ですが、その時点ですでに役職は渡しています。
そして最後の「ダメなら戻す」は、日本ではかなり使いにくい。一度課長になった人を、「やっぱり向いていなかったので来月から一般社員です」と戻す。制度上できる会社はあっても、日常的に気軽に使える会社はそれほど多くないでしょう。本人の感情も、周囲の見方も、給与もあります。
となると、中心になる方法はほぼ一つです。
昇格前に、次の役職の仕事を実際にやってもらうことです。
「成果が先、肩書きは後」
ここで注意したいのは、「今の仕事で成果を出してから昇格」という意味ではありません。それではピーターの法則そのものです。必要なのは、次の役職で求められる仕事を先に任せ、そこで成果を確認してから昇格することです。
次の部長候補なら、期限のある重要プロジェクトを任せる。部門をまたぐ案件を動かしてもらう。何人かを率いる仕事を任せる。意思決定に必要な権限も渡す。そこで実際に、どのように人を動かすのか、難しい判断をどうするのか、成果まで持っていけるのかを見る。
期待しているからこそ、一段上の仕事を任せる。成果が確認できたら、肩書きを渡す。この順番です。
ポジションは人を育てる。でも、肩書きである必要はない
ここでよく出てくる反論があります。「でも、ポジションが人を育てることもあるでしょう」。これは、その通りだと思います。難しい仕事を任されたから考える範囲が広がった。責任を持ったから初めて身についた能力がある。そういうことは間違いなくあります。
ただし、ポジションと肩書きは同じではありません。 育成のために必要なのは、難しい仕事、広い責任範囲、意思決定権、フィードバックです。「課長」という名札そのものに、人を成長させる特殊能力があるわけではない。
だから私は、「期待を込めて昇格させる」という考え方にはあまり賛成できません。
期待を込めるなら、仕事に込めればいい。
昇格を上司と部下の交渉にしない
ただ、この仕組みは個別の上司だけでは運用できません。「もう課長の仕事をしているのに、なぜ課長にしてくれないんですか」。当然、そういう話になります。
だから「成果が先、肩書きは後」は、上司個人の考えではなく、組織全体の方針である必要があります。評価制度にも昇格基準にも入れる。入社時から伝える。管理職も同じ説明をする。昇格に対する考え方を、文化として共有する必要があります。
もちろん、「上の仕事を何年もやらせて、肩書きも給与も据え置き」という話ではありません。それは昇格制度ではなく、お得な人件費削減策です。期間、任せる役割、必要な権限、評価基準、いつ昇格を判断するかまで先に決めておく必要があります。
昇格とは、将来への期待を表すものではない。すでに一段上の役割を担えることを、組織が正式に認定するものです。
そう考えると、順番はかなりシンプルになります。
期待する。
一段上の仕事を任せる。
成果を確認する。
そして昇格する。
期待は仕事に込める。肩書きは成果の後に渡す。
ピーターの法則を防ぐ一番現実的な方法は、優秀な人を昇格させないことではありません。昇格する前に、次の仕事でも優秀なのかを確かめることなのだと思います。
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