自分の健康に無自覚であることのツケ | 家計管理のきほん
半年ほど前から、父が体調を崩しがちになった。体重も減り、体もみるみる小さくなっていった。
そしてこの夏、2度の入院を経て、父は、間質性肺炎・気胸という診断を受けた。間質性肺炎は末期の症状で、肺の機能も低下しているという。本人は割と元気ではあるものの、主治医からは、車椅子を使わざるを得ないこと、介護なしでの生活は難しいだろう、といわれている。
私の家族は、わりと健康意識が高いほうだと思う。
専業主婦だった母は、料理が好きで、インスタント食品、冷凍食品をはじめ、加工食品もほぼ買わなかった。スナック菓子やジュースがおやつにでてくることもなかった。
父はしごとのつきあいでお酒を飲むことはあっても、家で、お酒を飲むことはほぼなかった。たまーに、缶ビールをあけるくらいだった。
たばこも、若い頃は吸っていたようだ。が、私が生まれたとき、母が、家ではたばこを吸って欲しくないといい、父もその時点でたばこをやめたという。
父は仕事を辞めたあと、埼玉の家から、かつて祖父母が暮らしていた栃木の家に通い、畑しごとをするようになった。長年荒れたままになっていた畑を、少しずつ整え、土づくりをし、たくさんの種類の野菜を作るようになった。
父と母の食卓は、父の育てた野菜が中心だった。季節の野菜をふんだんに、お肉やお魚、卵やお豆腐を少々、という、質素ながら、健康的な食生活を送っていた。
ここ数年、足元がおぼつかなくなるまで、父も母も、毎朝、家の周りを散歩し、ラジオ体操もしていた。
彼らは、絵に描いたような健康的な暮らしを、長年、続けていた。
それでも、年齢を重ねて、父は間質性肺炎になり、母は認知症になった。
主治医から、肺が悪いことを伝えられた父は、
「若い頃にたばこを吸ってたからかなぁ」
と言ったという。
年をとり、健康であること、が切実になってくると、何十年も前の習慣すら、悔いることになるのかと、正直驚いた。
確かに、20代の頃の父の周りでは、みなたばこを吸っていたのだろう。健康に対する意識も、今とは全く違ったはずだ。
とはいえ、喫煙リスクについて、知らなかったわけではないだろう。ただ、60年後、肺の病気になり、若い頃の無自覚だった自分を、悔いることになるとは、夢にも思わなかっただろう。
私の夫は、去年、生まれて初めての手術、入院を経験し、自分の健康に対する無自覚さに目覚めた様子だった。
長年、人間ドックのたびに、肝臓や腎臓の数値に悪い結果がでていた。それでも、彼は、ほぼ毎日、お酒をのんでいた。ベロベロになるほど飲むわけではないものの、アルコールを抜くのは月に2、3日程度。
が、手術の日が決まると、彼は、数ヶ月、アルコールを絶った。肝臓も腎臓の数値も改善し、万全の体調で、彼は手術室に向かった。
彼はアル中なのだろう、と思っていた私は、その変貌ぶりに驚いた。
手術後、無事に1年が経った今も、彼は、ほぼお酒をのまない。ちょっとごちそうの日、お酒があうおかずの日だけ、お気に入りのお酒を、軽く楽しんでいる。
そして、私も、自分の健康を、生活習慣を、見直さざるをえない局面に迫られている。
ここ数年、更年期の影響もあってか、体重が増減を繰り返していた。こどもの頃からぽっちゃり体型で、50歳を過ぎるまで、20代の頃と、ほぼ体型が変わらなかった。
すらりとした同級生が、ずんぐりとした中年体型になるのを悲観しているのを横目に、若い頃は多少悩ましかったぽっちゃり体型も、この歳になるとふつう体型になっちゃったな、などとのんきに構えていた。
が、ここ半年ほど、増えた体重が戻らない。ごはんを控えめにしたり、犬のお散歩の距離を伸ばしたりで、今までなら、なんなく調整できたことが、なぜかできない。
その上、長年、オールA だった人間ドックの結果も、糖代謝、脂質(コレステロール値)などに、B判定、C判定がでてきた。
更年期だから、中年だからと、諦めて、受け入れてしまいたい気持ちも、正直ある。人間ドックのB判定、C判定なんて、アラフィフなら当然でしょう、と開き直りそうにもなる。
同年代の友人から、60代でも、70代でも、どんなひとでも、絶対に痩せるという、協会ビジネス系のお誘いも受けた。
一瞬、心が揺らいだ。にんげんだもの。
ここ数ヶ月は、親のことで、落ち着かない気持ちになっていることも多かった。家には、親たちよりも、もっとよたよたの老犬もいて、あれこれサポートも必要だ。そして、自分の体型が、ぽっちゃりを超えようとしている。
こんな状態で、なにかに飛びつくのは危険だ。まずは、友人からのお誘い(誘惑)を、お礼とともに丁重に断った。
そして、親のことは、なんとなく落ち着いてきたことを、自分のなかで、改めて確認する。うん、しばらくはだいじょうぶだろう。
よたよたの老犬については、すでに、神様からのサービスタイムだ。1日1日を大事に過ごそう。他にできることは、もうなにもない。
今、しっかり向き合うべきことは、やっぱり、自分の健康だ。生活習慣の見直しだ。
人間ドックの結果が、オールA だとしても、年齢を重ねれば、治すことの難しい病気にもなるだろう。今、自分で改善できることがあるのなら、見て見ぬふりをするべきじゃない。
運動については、久しぶりに水泳を再開するつもりだ。車で15分ほどのところに、素晴らしい設備のプールがある。1回、数百円で利用できるはず。水着になるのは気が重いけれど、気合いで突破しよう。プールサイドには、ジャグジーもあるので、ひと泳ぎしたら、セレブ気分を味わうのだ。
少し前から、なわとびも始めた。雨の日など、犬の散歩の距離が稼げないときに、テラスでなわとびをしている。最初は、笑ってしまうほど跳べなかったが、最近は100回まで続くようになった。なわとびは、こどもの頃から好きだったので、今でも、やっぱり楽しい。
運動以上に大事なのは、食生活の見直しだ。
基本的には自炊で、季節の野菜をたっぷり使った料理が好きなこともあり、保健師さんの指導などでも、食生活については、いつも問題なし、といわれる。
お菓子やジュースは買わないものの、果物、ヨーグルトやチーズをおやつに楽しんでいる。また、ごはんが大好きなので、糖質のコントロールは、しっかり取り組まなければならない。
しばらく、アプリを使いながら、食事の記録とカロリー計算をやってみるつもりだ。自分のレシピとアプリのカロリー計算をうまく連携させたら面白そうだ。小さなチャレンジに、ワクワクする。
よくよく考えてみれば、健康に限らず、日々のささいなこともすべてひっくるめて、自分の行動の積み重ねのツケは、いつかは、自分が払うことになるのだ。
それならば、せめて、自分が払うことになるツケを、覚悟しておきたい、と私は思う。
不健康な状態を、見て見ぬふりをするというのは、家計が赤字になっているのを、見て見ぬふりをするのと、同じ構造だ。多くのにんげんが、やらかしがちなパターンだ。
結局、自分が行動を起こさない限り、状況は改善しないどころか、少しずつ悪化する。そして、いずれ、取り返しのつかないラインを超えてしまう。
自分が歳をとり、老い、衰えてきたとき、過去の自分を悔いたくない、と思う。(あのとき、ああすればよかった)と後悔するくらいなら、今、できることを、がっつりやっておきたい。
おばあちゃんになった私が、ここまでがんばってきたんだから、もうしかたないな、と諦めがつくように、今を、しっかり生きていきたいと思う。
