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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第5回 イタリア・ナポリ篇(13)

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(13)『リプリー』ロケ地、変わらぬ海の美しさ

ナポリからフェリーの旅
(作図:三月社


 船内のあちこちにLimone(リモーネ=レモン)と書かれたレモン関連商品ポスターや海岸線の魅力を示す観光マップが貼られていた。
世界でもっとも美しい海岸線といわれるソレントからサレルノまでの約40kmエリアには平坦地がほとんどない。白っぽく急峻な崖に張り付くように建つカラフルな家々やレモンやオリーブの畑が、紺碧の海に垂直に突っ込む景色が続く。天気がよければコバルトブルーに輝く海の色は、白い石灰石とのコントラストから生まれるのだそう。

一緒にぼんやり海を眺めていたエストニア人の妻が、アズールAzuer(紺碧)ね、と言う。バルト海とは対照的、と続ける彼女に、バルト海の色は、と訊くと、緑かな、と応えて夫婦で微笑む。東京の海は? と訊かれなかったことに安堵しつつも(答えの準備がなかったから)、日本には関心ないんだな、と感じてちょっぴりさびしくも。

 終点サレントまで行く、という夫婦に別れを告げ、次のポジターノ港で下船した。特産レモンと、今では世界中のセレブの別荘地としても知られる港町で私が下船した理由はただ一つ。ここが、パトリシア・ハイスミスのサスペンス小説『リプリー』をベースにしたアンソニー・ミンゲラ監督、マット・デイモン主演の同名映画の舞台、原作では架空の港町モンジベロのロケ地だったから。小説と映画どちらにも感服し、原作者、監督どちらのファンでもある者としては素通りできなかった。

小さな漁船が沖をゆくポジターノの港。素朴なカフェさえ絵になる

 フェリー港のすぐそばから続く美しい砂浜に、良心なき男リプリーが金持ちの御曹司と初めて出会い、街のあちこちで交流を重ねたシーンがぴたりと重なった。
人が多すぎるせいで、映画に描かれた素朴な漁師町風情こそなかったけれど、海の輝き、波打ち際の美しいさまは、そうそう! と声をあげたくなるほど物語のイメージ通り。
街の全容を確かめようと、背後の丘へと白い小道を登ってみたけれど、旅行者の多さと、登るほど勾配がきつくなる道の厳しさに、いつしか頭の中は “進むか戻るか” の自問自答ばかり。
坂の途中で絵を描いていた人に、街はもっと上? と訊いてみると、今朝ナポリから来たばかりでわからない、と応えてくれ、(坂が)大変だよね、というふうに首をすくめた。
それを合図に迷いに決着がつき、来た道を海岸へと引き返す。島の住人や別荘族は山腹の、沖から絵のように見えたーー下界からはうかがい知れないーーすばらしいお屋敷で暮らしているのだろう。映画で主人公の対極の世界で生きるカップルを演じたジュード・ロウとグウィネス・パルトローのような美しいセレブ階級が……と想像するだけで充分だった。

 次のアマルフィ行きフェリーを待つ1時間を先ほどを砂浜に座って美しい波打ち際と青い海をぼんやり眺めて過ごした。この港町でそれ以上に贅沢な過ごし方ってあるだろうか。

街じゅうにレモンをイメージしたお土産があふれる
山に向かう道すがらに別荘地を表す上品なタイル画。
ポジターノの美しい波打ち際。


イタリア・ナポリ篇(14)へつづく

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