未完成婚・セックスゼロで母になる!?#30 本当の夫婦再構築へ|カミングアウト前⑦
義実家へ私1人で赴き、義母と和解をしてからも、夫とはまだぎくしゃくした空気が流れていた。
⬇️前回からの続き
義実家行きからほどなくして、夫から質問された。
「本当に、自分が悪いと思っているのか?」と…
来た、ついにこの時が来た。離婚か、継続か、の決断に直結する話し合いだ。
私は、正直に答えた。
お義母さんに失礼な態度をとったこと、お義母さんやあなたを深く傷つけたことは、本当に悪いと思っている。私の怒り方も激しすぎた。
ごめんなさい。
でも、新婚旅行母子同室に反対する気持ちに変わりはない、とハッキリと伝えた。
夫の顔が強張った。
私は、言葉を続けた。
しかし、義実家に行って、あなたが母親を心配する気持ちはよくわかった。危なっかしい運転、薬を欠かせない姿、ゆっくりとした動作…外で見る姿とは違う、日常の暮らし方を見て、あなたが言ったことを「なるほど」と思った。
だから、後悔した。もっと早く、私1人でも義実家に行っておけばよかった、と…
結婚前に、なぜお互いの実家に行き挨拶をするのか…
その理由は、お互いの両親へ結婚の挨拶をする意味が当然あるけれど、お互いの家に行って、そこで本人がどんな家でどう育ったのか、親がどう暮らしているのか、確かめる意味もあるんだと、思い知った。
その大事な手順を、私たちはすっ飛ばした。それを、心から悔やんでいる。
あなたが、母2人を連れて行く海外旅行を、あれだけ心配した理由がよくわかった。外でお義母さんに会うだけでは、見えなかった。
もし、私が最初から、お義母さんの暮らしぶりを知っていたなら…
夏にフォトウェディング付きの母2人を連れての、日数の短い家族旅行をして、冬に夫婦2人だけの新婚旅行をすることを提案した。
母2人を連れての海外旅行は、たとえフォトウェディングというイベントがあったとしても、新婚旅行の意味合いがゼロの旅行にしかなり得なかった。
あなたと2人で「この母2人を連れた海外旅行は、フォトウェディングがあっても、新婚旅行の意味合いはゼロだよね」そういう話し合いができたらよかった。
そうしたら、もっと色んなアイデアも生まれたのに…でも、あの旅行のプランを立てていた頃は、お互いにまだ遠慮があり、そんな核心を突くような深い話もできなかった。
何度も言うけど、新婚旅行母子同室はあり得ない。夫婦2人の時間がゼロの旅行を、新婚旅行と呼ぶことはできない。
私たちが計画していた母2人を連れての海外旅行は、最初から新婚旅行ではまったくなかった。新婚旅行の意味合いが1すらもない、完全にゼロだ。そこに、お互いに気づいていなかった。
だから、母子同室云々の話でもなかった。もう、そもそもの前提条件が違っていたんだから…
私の話を聞きながら、夫の強張った顔が少しずつ和らいでいくのがわかった。
そして、夫は言った。
「新婚旅行に、夫婦2人だけの時間が必要なの?新婚旅行って、夫婦になってから初めて行く旅行のことを言うんだと思ってた。2人きりとか、関係なく…」
おいっ!!!!!!!
何言ってんだ!!!!このヤロウ!!!!
一瞬頭に血が上り、意識が飛んだ。
そして、またたくまに力が抜けた。
そうだ…………この人は、こういう人なのだ………
気の抜けた声で、私は答えた。
「普通はね……新婚旅行って、夫婦2人で時間を過ごすものだと思うよ…疑問があるなら、社内アンケートでもとってみたら?新婚旅行に夫婦2人の時間は必要ですか?って………少なくとも私は、自分の愛する夫であるあなたとの、2人きりの時間が欲しいけどね!」
緊迫した空気の中で、ちゃっかりしっかり、私は夫への好意を言葉に出して伝えた。
この話し合いの中のどこかのタイミングで、夫へ「私はあなたのことが、それでも好きである」ことは、伝えようと決めていた。
これは、離婚か否かの大事な話し合いだ。どんなに腹が立っても、どんなに悲しくても、好意は言葉にして絶対に伝えなければいけない。
言葉にしないと、伝わらないから……
伝わらないと、すれ違うだけだから……
プライドは捨てる。じゃないと、もっと大切なものを失う……
なぜ、想い合う2人は、2人きりの時間を欲しいと思うのだろう………
そんなこと、考えたこともなかった。
想い合う2人は、2人きりの時間を欲するのが当たり前だと思い、そうじゃないことを想定することを思い付きもしなかった。
2人きりの時間を欲する理由…
2人きりで話をしたいから
人目を気にせず、相手に触れたいから
要するに、イチャイチャしたいから、2人きりになりたいのだ。
イチャイチャ欲求がない、相手に触れたいと自ら思うことがない、性欲がないことが、こんなことに発展するのか……
もはや新婚旅行母子同室云々ではない、もっともっと根本的な感覚が、本当に想像もできないほどにお互いに違うことを、思い知った。
夫は、私とセックスしたいと思わない
夫は、私に触れたいとも思わない
だから夫は、私と2人きりの時間が欲しいとも思わない
それでも、夫は私のことがちゃんと好きだし、大切だと思っているのだ。
まったくもって、理解ができないけれど!!!
この日、このあと一体どんな話をしたのか、もうよく思い出せない。離婚か、継続か、本当にギリギリの状態での話し合いだった。緊張もしていた。
話をしながら、夫が少しずつ安堵していくのがわかった。話し合いの最後は、お互いを探る意図もなく本心で語り合う、久しぶりに穏やかな雰囲気だった気がする。
私が義母への怒りを静め、激しい態度をとったことを心から反省し、義母の立場を受け入れたことで、夫は安心したのかもしれない。
私は、自分の悪かったところは謝った。
でも、絶対に譲れないところは譲らなかった。
この日から、少しずつ夫婦再構築が始まった。
それでも相変わらず、お互い相手に指一本触れることもなく、妊活の話もできなかった。夫婦再構築へ向かってはいても、私の悲しみや不安の根本はまったく解消されていなかった。
泣きたくなるような毎日が、しばらく続いた。
変化のきっかけは、私の子宮内膜ポリープの発覚だった。手術の説明を皮切りに、妊娠の仕組みを説明し、私が本当に妊娠できる年齢のギリギリにいることが、夫へ伝わった。
子宮内膜ポリープや妊活のギリギリさも、夫の男性不妊も、すぐさま義母に報告した。義母が孫を望んでいることがわかっていたので、背後から援護射撃をしてもらいたかったからだ。
恐らく、義母は夫に何かを伝えただろう。夫は、妊活に前向きになった。
私は、自分の求める未来のために、したたかに動いた。
こうして、昨年に書いたnoteの話に繋がって、今に至っている。
そして、夫婦再構築へ向かうことを決意したと同時に、私は覚悟をした………はずだった。
「一度も膣性交をしないままに、未完成婚のままに、子供を先に作ること」
そう……決めたのだ………。
なのに…なのに………
夫と一度も膣性交をしないままに迎えた体外受精で、またしても壊れそうになってしまった。
仕方ない……どうしようもない……私が夫との子供を作るためには、これ以上の選択肢はない。
子供を作ることにすら挑戦できなかった、夫から愛されてもいないと感じていた、あの辛いどん底の毎日を考えれば、今の方がはるかに良い。
頭ではわかっている。
でも、どうしても、未来への不安がどんどん増していき、止まらない。
子供をこんなにも望んでいる。
それなのに、子供がいる未来、子供がいない未来、どちらを想像しても、幸せな夫婦像を思い描くことができない……。
なぜ、一度もセックスしたことのない男性の子供を産もうとしているのか…?
恐らく本能的だと感じる、この嫌悪感や違和感、苛立ちや絶望は、もうコントロールできないところにまで膨れ上がっていた。
こんな精神状態で、妊活が成功するとは到底考えられない。
お義母さんに、一度もセックスできないまま体外受精に取り組んでいて、今、とても辛くて限界寸前なことを伝える…。
新婚初っ端で、こんなに色々あったお義母さんと話をする…。それが、私にとっての救いになるかもしれない…。
まさか、こんな展開になるとは…
スマホを握りしめながら、これまでのことを思い出しては、なかなか通話ボタンがタップできずにいたが、ついに…
通話ボタンをタップした。
義母へ未完成婚を暴露する、という話を書く途中で、一番つらかったときの話を書き始めたら…予想外に全7話になってしまった。
私が、このnoteを書き始めたのは、まさにこの新婚旅行問題がどうにか収まり、妊活に取り組み始めた頃で、そのときはこの新婚旅行の話を書くことはできなかった。辛かった気持ちが鮮明すぎて、思い出すこともまだできない頃だった。
かなり気を遣うプライベートな話すぎて、書くかどうかすごく葛藤した。
しかし、アセクシュアル気味な夫と、一度も膣性交をせずに子供を産もうとしている人が私のほかにもいて、どうすればいいか悩んでいたならば…
あまりにもかけ離れた、性への考え方や感じ方を持つ者同士が、夫婦として生きていくことの現実をありのままに書かないと、何の参考にもならないだろうと思った。
今こうしてnoteに書くことで、あの一番つらかったときの自分を供養しているような気がする。
新婚旅行のことを思うと…
素晴らしい海外の街並みを夫と二人で歩いた思い出と、辛く苦しい思い出が同時によみがえる。旅行の写真を、ちゃんと見直すことができなかった。
私とは正反対に、夫は「あの旅行の時の、あの風景がよかった。あの食べ物がおいしかった。」と、今でもたまにガイトブックを眺めている。
夫も当然、この離婚寸前劇は強烈に覚えているだろう。それでも、自分が嫌だったことをネチネチ責めることもなく、その嫌なことと楽しい思い出を完全に切り離している。そんな後腐れのないさっぱりとしたところは、夫の素晴らしい長所だと思っている。私には、どうやっても真似ができない。
笑顔でガイドブックを開いて旅の思い出を語る夫の様子を、私はまだグサリとナイフが刺さったままのような痛みと、ほっとするような安堵感が混在した、複雑な気持ちで眺めるのが常だった。
そして今、まさにこの文章を書いているのは、あの新婚旅行から1年経った夏…はじめての体外受精で苦しみ、義母へカミングアウトした冬から半年経った夏…義実家への帰省から戻ったお盆休みの最終日、今まさにそのタイミングだ。
義母とも、義兄家族とも、楽しく過ごしてきた。とくに義母とは、ほぼ気も遣わず、そのまんまの自分で話をしている。あの1年前よりもひどいことはないと思うと、もはや何も恐くなくなっている自分に気づいた(笑)
義母も私と同じかもしれない、と感じた。
楽しく義実家から戻った今日、1年前の新婚旅行の大量すぎる写真を、やっと穏やかな気持ちで眺めることができた。
まだ真っ白なリビングの壁に、あの美しい海外の風景と、笑顔で寄り添う夫婦になりたての2人の写真を、額縁に入れて飾ると決めた。
あれ以上にひどいことはないだろうとは思ってはいるが、これから先、何があっても乗り越えていけるように…
いつも目につくところに、2人の写真を飾ろう。
