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「中3の娘、追い続けたキングを抜く。母はその夜、腹巻を縫った」



あの頃、娘とは相変わらず、必要最低限の話しかしなかった。


そんな娘が、二泊三日の受験合宿から戻ってきた。


二泊三日。


授業とテストに費やした時間は、


合計42時間。


42時間って……。


もう、私にはよく分からない世界だった。


先生が、
湯島天神で買ってきてくださった
「入試突破」という鉢巻きを、
娘は合宿に持って行ったらしい。


その話を聞いて、パパと顔を見合わせた。


「『入試突破』って書いてあるハチマキ、ホントにする人いるんだ?」


二人して、珍しい生き物を見ているような気分になった。


もちろん本人はいたって真剣。


そして帰ってくるとその鉢巻きには、

塾の友人や先生たちからのメッセージが、

たくさん書き込まれていた。


これらは私には、

まったく理解できないワールドだった。


合宿中に解いていた問題も、

難関校の入試問題ばかりだったとか。


なんだか、


ちょっち怖いです……。


そして、この期間中に行われたテストで、ひとつ大きな出来事があった。


鼻っ柱の強い、最強のライバル。


塾でも常にトップを走っていた、


「キング」


クイーンである娘は、

ずっとそのキングを追い続けていた。


そして、ついに。


娘がキングに追いついた。


そして――


抜いた。


てっぺんを取った。


それはそれは、ご機嫌で帰ってきた。


何しろ、そのキングを抜くことが娘の悲願だったのだから。


これで名実ともに、


女王の座に君臨。


……というところだろうか。


でも、追う立場というのは、

ひたすら頑張ればいい。


それに対して、

首位を取ってからは、

今度は追われる立場になる。


その座を守り続けるには、

かなり強い精神力が必要なんだろうと思う。


まあ、卒業までにキングを抜けた。


それだけでも、よかったと思う。


そして私は、そんな娘を見ながら思った。


もう、私の役目は終わったな。


もちろん、受験はこれからだった。


むしろ、ここからが追い込み。


でも、

受験する高校を娘自身が決めた時点で、

私がしてやれることは、

ほとんどなくなった。


あとは、
受験の検定料を振り込んだり、
必要な手続きをしたり。


もう私がお膳立てしてやらなくても、

あの子は一人で決めていけるだろう。


受験はこれからなのに、


私の中では、もう終わったような気がしていた。


相変わらず娘の態度は悪かった。


でも、それについては、

受験が終わるまで何も言わないでおこうと思っていた。


娘は、中学に上がるまでは、
パパにベッタリの、


パパ大好きっ子だった。


ママよりパパ。


尊敬するのもパパ。


遊ぶのもパパ。


学ぶのもパパ。


とにかく、何でもパパだった。


それが中学に入り、いつの間にか変わっていた。


休みで在宅しているパパを、

いわば邪魔そうな顔で見る。


自分の都合のいい時だけ、

パパをこき使う。


話しかけられても、嫌な顔をする。


そんな娘を見ていると、


パパも実は、

すごく寂しいんだろうなと思った。


「あの子の人生だから」


と、口では言っていたけれど。


私は、
ちょっとパパのことが可哀想になった。


でも、そんなパパには、まだ息子がいた。


その頃、

小2の息子はパパにベッタリだった。


パパが休みの日には、

一日中張り付いて、


「一緒に遊ぼう」


と、それはそれはしつっこく付きまとっていた。


パパは、できるだけ相手をしてやっていた。


そして息子が寝たあと、


「あいつ、可愛かったなぁ」


と、しみじみ。


私が、


「ずいぶん、
うっとおしかったんじゃないの?」


と聞くと、


パパは、


「ううん。
相手にされないより、よっぽどいいよ」


と答えた。


…そして、娘を遠目に見た。


……そうだよね。


昔はあんなにパパにベッタリだった子が、

今ではパパを邪魔そうにしている。


親のそばを離れていこうとするものを、

無理強いして傍に置いておくことはできない。


一生、傍にいられても、

それはそれで困る。


徐々に自立に向けて、

離れていかなきゃしょうがない。


分かっている。


自分もそうして大人になったのだから。


そんなことを思いながら、

私は娘が合宿に行っている間に、

あるものを直していた。


少し前に、

盲腸をやった娘のために買った腹巻。


お腹を冷やさないようにと

買ってあげたものだった。


娘は気に入ったらしく、

毎日のようにしていた。


そのせいか、

少しボロくなってきていた。


だから合宿の間に、

老眼の目に鞭打って、

チクチク縫って直しておいた。


そして娘が帰ってきた翌朝。


その腹巻をしていた。


ちゃんと、私が直した腹巻。


でも、


「直してくれてありがとう」


なんて言葉は、


ない


ないんだよね。


まあ、いいけど。


別に、

お礼を言ってほしくて縫ったわけじゃない。


……いや。


ちょっとくらい言ってくれてもいいんじゃないか?


とは思ったけど。


子どもなんて、

親を踏み台にして、

自立していくんだろう。


親の手を借りながら大きくなって、

いつかその手を振りほどいて、

自分の人生を歩いていく。


それは、寂しいけれど、


きっと、いいことなんだ。


娘は娘の人生を、自分で歩き始めている。


私が口を出すことも、

手を出すことも、

少しずつ減っていく。


キングを追い続けた娘は、

ついにそのキングを抜いた。


受験も、いよいよ追い込み。


もう、

私が横からあれこれ言う必要はない。


自分で決めて、自分で走っていけばいい。


ママにできることは、


せいぜい、


ボロくなった腹巻を縫っておくことくらい。


そして私は、

少しずつ娘に向いていた目を、

まだ私を必要としてくれる息子へと

シフトさせていこうと思った。


子どもが親から離れていくのは、嬉しい。


ちゃんと成長している証拠だから。


でも、


やっぱり少し寂しい。


そして、いつか息子まで、


「ママ、待ってて」


と言わなくなる日が来たら――


その時、私は一体、


誰の腹巻を縫えばいいんだろう。


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