「失敗を解析する」――目の前の事象に囚われず、本質に「正直」に向き合うために。
【連載:育児全史】 1話|2話|3話|4話|5話|6話|7話|8話 |9話
10話| 11話|12話|▶13話:この記事です
「正直になる」とは、単に嘘をつかないことではない。目の前の不都合な「事象」から目を逸らさず、親子で共に「本質」を解析するための、もっとも合理的で、もっとも勇気ある戦略のことだ。
親という生き物は、子供の前でつい「正解を知っている存在」を演じてしまうものです。失敗を隠し、その場を取り繕うことが、親の威厳を守ることだと勘違いしがちです。
けれど、私はその虚勢を捨てました。 目の前のミスを「恥」として隠すのではなく、一つのデータとして、どこまでも「正直」に直視する。
なぜ、私が娘の前で「不完全な自分」をさらけ出し、共に解析を続けるのか。事象の裏にある「本質」を見極めるための、わが家の教育戦略をお話しします。
電車で「バイバイ」をする理由
休みの日に、娘と電車に乗る。定期があるし、娘は無料だ。彼女にとっては電車に乗ること自体が人生経験になるし、何より凄く楽しそうだ。
駅に到着し、電車を降りた後。「人がいっぱいだね」「うん、怖い」「パパがいるから大丈夫」となる。 次の機会に、降りたら「運転手さんにバイバイしよう」と立ち止まり、「バイバイ」と娘は後ろの車掌さんに手をふる。照れながら車掌さんは手を振り返してくれる時もある。
そこで私は、娘に問いかける。
「人が少ないと思わない?」 「うん、怖くない」
「電車には色々な人が乗ってるんだよ。その中には急いでいる人もいる」 「うん」
「会社帰りのパパなんて、早く帰って貴女と遊びたいから急いでるよ」 「へ〜そうなんだ」
「それで、みんなはどこに向かっている?」
「あそこ(階段を指さす)」
「そうだね。みんなあそこに向かっているね。だから、さっきは人がいっぱいで怖かったよね」
「うん」 「今は?」
「人がいない、怖くない」 「どうしてそうなったと思う?」
「バイバイしたから?」
「そうだね、少し時間を使ったから人がいなくなったんだよね」 「うん」 「怖くないようにするにはどうしたらいいと思う?」
「バイバイする、それから行く、そうすると人が少ない」
「そうだね、そうすると怖くないね、ゆっくり自分のペースで歩いていけるからね。覚えていてね」
後日、第二の母親を自負している私の母親と2人で電車に乗る機会があった。帰って来た私の母が、娘が電車を降りたら、ばーばの手を止めてバイバイすると、そうすると怖くない、と言ったらしい。 「パパに教わったと言ってたわよ、正直、そういう感覚無かったわ」と母は驚いていた。
私は、横断歩道でも同じことをする。
「待ってる人が多いね」「うん」
「青になったらみんな渡るけど、少し見てみようか」「うん」
青になりみんなが動き出す。「ホントだ、人がいっぱいだ」
「待ってる人が多いと最初は人がいっぱいだね」「うん」
「どうする?」と聞くと「少し待つ」と娘が答えた。
「そうだね。みんなと一緒によ~いどんと歩き始める必要はないからね。電車の時と一緒だね」
まずは状況の確認。自分のペースでやりたいなら、工夫する。そういう知恵を付けて欲しいと思っている。
Switch導入の「役割分担」という戦略
ある日、妻と娘にSwitchを買い与えるかですり合わせ(話し合い)をした。 知育ソフトもあるし、私が居ない時や、家族での外食、旅行の移動時など、待ち時間の過ごし方として重宝するからだ。
「でも、不安だよね」「そうだね、なんかいい方法ないか、少し考える、時間をくれ」となった。妻の懸念は管理だ。やりすぎたりするリスクを心配している。
自身の経験から言えば、正直、システム上の管理だけでは心許ない。「うちの母親はうるさかったからなぁ」と昔の苦い思い出を振り返りつつ、ひとつ思いついた。
「役割分担しよう」と妻に言った。 まず、Switchを買う時に「本体はパパの所有物」という設定にした。娘からの要望を受けた妻が私に相談し、私もほしいと思った、という体(てい)だ。そして、妻にはあえて「Switchを与えることに反対している」という役回りを演じてもらうことにした。
娘にはこう伝えた。「本体はパパのだから、Switchをやりたい時はパパに聞いてね」。 ひとのモノを借りるときは「貸して」と聞き、「いいよ」と言わなければダメなのは本人が一番理解している。
「パパが居ないときは、ママに聞いてね。ママがいいよ、と言わなければやっちゃダメだよ。そして、ママがやめてって言ったら、やめてね。その約束を守れる?」 本人に聞くと「うん、パパとの約束は守る」と言った。
「よし、その約束が守れるなら、パパがSwitchを買うよ。もし、守れなかったら、ママにSwitchを取り上げられちゃうからね。ママは取り上げる気満々だからね」 ママの方を向くと、ママはニコリとほほ笑んだ。 「そうなったら、パパもできなくなっちゃうからね。そうならないように、お願いね」「うん、わかった」
私は常日頃、娘には権利があると思っている。産婦人科でもらった「子ども権利条約」の冊子でそう学んだ。そして権利には、義務と責任が伴うべきだとも思っている。 Switchをする権利を得る代わりに、約束を守るという「義務」と、守らなければパパもSwitchを奪われてしまうという「責任」を与えたかった。
結果として、この戦略は機能した。娘はやりたくなると「Switchやっていい?」と聞き、「そろそろやめて」と言うと「わかった」と言ってやめる。 妻に聞くと「私の時も、『パパとの約束忘れちゃったの』と聞くと『ごめん、今止める』ってやめてるよ」と言っていた。
ガラスフィルムに刻まれた「正直さ」の証
そんなある日、ちょっとした事件が起こる。 娘が不注意でSwitchを落としてしまい、画面のガラスフィルムにヒビが入ってしまったのだ。
Switch本体には影響はないとわかっていたが、妻はあえてそれを娘に伝えなかった。項垂れる娘に、妻は「パパが帰って来たらちゃんと言うのよ」としか言わなかった。
常日頃、娘にはこう教えている。「やってしまった事はしょうがない、ドラえもんも居ないから、時間は巻き戻せない。だから正直に話して、まず謝る」 「その時は怒られるかもしれないけど、隠したり、ごまかしたり、ウソをついてもいずれバレるからね。黙っていて見つかった時は、その分も怒られる。どちらがいいかはわかるよね」
「ただいま」 何も知らない風を装い、私は帰宅した。すぐに娘が泣きながら駆け寄ってきた。 「ごめんなさい。Switch落としたら割れちゃった」と必死で説明してくれた。
びっくりした風で話をききながら、「うん、うん、そうか」と一緒にSwitchを確認しに行く。「電源もつくし、問題ないよ。それより、良く正直に話してくれたね。パパはうれしいよ」
「だって、パパにそう教わったから」
娘はそう言ってくれた。 私が常々伝えてきた「事象の裏にある本質を見ること」や「失敗を隠さずデータとして正直に共有すること」の価値を、彼女は幼いながらに体現してくれたのだ。
その日の夕食、娘の表情は驚くほど晴れやかだった。 帰宅直後の、あの泣きじゃくりながらの告白。あれは彼女にとって、どれほどの勇気が必要だっただろうか。失敗という重い「事象」を隠さず、パパに正直に手渡す。その一歩を踏み出した後の彼女は、まるで重荷を下ろしたかのように、いつもの笑顔でご飯を頬張っていた。
「正直に言うと、パパは怒るんじゃなくて、喜んでくれるんだ」
彼女がそう肌で感じてくれたことが、何よりの収穫だった。
今も、Switchにはひび割れたガラスフィルムが貼ってある。貼り替えると言う妻に、私はこう言った。 「ゲームをしているときは明るさで目立たないし、もう少しこのままでいいよ。娘が正直に言えた記念だからね」
妻は笑ってうなずいてくれた。
自分の失敗を正直に認め、娘と一緒に解析する。 そこで得られるのは、単なる問題解決のスキルではありません。事象に一喜一憂せず、その奥にある「本質」にどこまでも正直に向き合うという姿勢です。
「パパも間違える。だから、大事なのは『なぜ起きたか』だ」 そう正直に伝え続けて、本当によかった。親が完璧でないことを認め、本質を追究する姿を見せることで、娘は失敗を「恥」ではなく「成長の糧」として捉えられるようになった。
事実に対して正直になり、本質を解析する。 このヒビ割れたフィルムは、わが家が手に入れた「信頼」という名の、世界に一つだけの勲章なのだから。
記事を読んでいただき、感謝します。
ヒビ割れたガラスフィルムは「正直さの勲章」としてしばらく貼っておくつもりですが、いつか貼り替えるその日のための「フィルム代」をサポートいただけたら、娘と一緒に大喜びします。
これからも、親子で本質に向き合う試行錯誤を届けていきます。
いいなと思ったら応援しよう!
無力さを知ったあの日から、もっと強く守ると決めた。
頂いたチップは、娘の笑顔を最大化する「仕組み」への投資と、娘への贈り物のために大切に運用します。戦略家パパ、娘のために全力で走ります。