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私の夫は宇宙人〜契約結婚・観察日記〜 #01

【あらすじ】
私は、日々の煩わしい家事の一切を夫に丸投げ、仕事に没頭する自由を手に入れた。
はずだったのだが……

​利害の一致で始まった、見た目だけはやけに整った彼との契約結婚。

家事は完璧、近所付き合いも卒なくこなすマダムたちからの人気者。
けれど、どこかズレている夫の正体は
『宇宙人』だった。

​個体認識 No.RD-213
コードネーム : 辛(コウ)

喫煙をめぐる換気扇の下での攻防、残念なお菓子のチョイスなど、奇妙な日常を重ねるうち、私の心には「正体不明の余白」が生まれていく。

交わるはずのなかった二人が織りなす、ちょっとシュールな「宇宙人観察日記」

​これは「愛」ではない。

もっと得体の知れない、何か……


ゴミ集積所における異世界交流

​我が家の夫、辛(コウ)は、この界隈ではちょっとした有名人だ。
見た目は爽やかなイケメン、ご近所では 「素敵な旦那様」として知られている。

​しかし彼の正体は、銀河の彼方から地球観測のため派遣された、高度知的生命体。

——つまり宇宙人である。

私は自宅での仕事の傍ら、この同居人を観察することにした。

そもそも宇宙人である彼と結婚した理由は、純粋な利害の一致によるものだ。
完璧なる契約のはずだったが、現実はそうスマートにはいかない。

例えば食事の時間だ。
私は静かに素材の味と向き合いたいのに、彼はテレビを点け、バラエティ番組の喧騒をサプリメントのように摂取しながら食事を摂る。

「これも観測です。地球人の『笑い』の周波数を体内に取り込んでいます」

家事のクオリティは文句なし。

だが、その背後に透けて見える、宇宙人のズレ……


彼は今日も、ゴミ出しという行為に異常な情熱を燃やしている。

​火曜日の朝、彼は芸術的な手つきで45リットルのポリ袋を縛り上げる。

結び目は左右対称、余ったビニールの長さはミリ単位で揃い、中身は外から見ても不快感を与えないよう色彩理論に基づいた完璧な配置でパッキングされている(らしい)。

​「雫さん、完了しました。
この街のガイドラインを遵守しつつ、空気抵抗を最小限に抑えた形状で最適化を行いました」

​「ゴミ袋に空気抵抗は関係ないと思うけど……
ありがとう、助かるわ」

彼の美しい所作と、徹底したゴミ袋の完成度。
「コウさんのゴミ出しは、もはや聖域のオブジェだ」

ご近所で噂になり、ゴミ集積所の雰囲気が劇的に改善されるという副産物まで生んでいた。

今日もゴミ集積所で繰り広げられる 「異世界交流」を、私は自宅マンション二階の窓から観察する。

待ち構えていたマダムたちと「理想の旦那様」という擬態を維持したままの彼が、爽やかに談笑しているのが見える。

彼にとって、これは単なる家事ではない。

ご近所のマダム連合という強力なローカル・ネットワークにアクセスして、近隣住民の消費動向をスキャンし、母星へ送るための「情報収集ミッション」なのだ。

彼は、腰を痛めたマダムがいれば、ゴミ袋をエレガントな手つきで代わりに運び、マダムの感謝に柔らかな笑顔で応えていた。

マダムたちに向けて放つ、「爽やかな微笑み」

あれは感情の露呈ではない。

地球上で、いかに摩擦なくデータを抽出するか、外交交渉において物事を円滑に進めるためのプロトコル。

つまりルールに則った手順、礼儀作法なのだ。

​彼のあの整った顔立ちをフルに活用することで、マダムたちの警戒心(ファイアウォール)は容易に突破され、彼は今日も「夕飯の献立の秘訣」や「近所の噂話」といった、ローカルなデータを次々と吸い上げている。​​

​任務(ゴミ出し)を終えた彼が戻ってきた。

「雫さん、戻りました。お隣の横田夫人から、『家庭菜園』なるキュウリを頂きました。
スキャンの結果、94%が水分です」

そして再びエプロンを着け、家事を始めるのであった。

​彼の母星への通信が、私の地域社会における体裁とゴミ出しの平和を守ってくれている限り、契約に基づきその正体をバラすつもりはない。

ただし…私が趣味で集めた大切な「アンティーク布の端切れ」を、リサイクル資源と間違えて母星へ勝手に転送しようとさえしなければ、だが。

​ふと、カウンターに置かれた彼の端末に目が止まる。スリープしていない画面には、彼が記録するデータが入っている。

日本製のそのパソコンに入力された文字は、なぜか私の目には日本に翻訳されて見えている。

でも彼はその事実に気づいてはいない。

母星の言葉で記録されてると思い込んでいるせいで、彼は隠す気すらないのだ。

まぁ、私は特に興味もないが…

​【観測記録:個体Aの反応】

廃棄物運搬を代行。重力負荷の軽減により、個体の生存維持に寄与。
お礼に渡された『家庭菜園の産物』は、成分分析の結果、94%が水分であった。

食料としての価値は極めて低いが、雫さんの顔面筋肉の弛緩率が0.02%上昇したため、有用なノイズと判断し受理。


宇宙人との遭遇(出会い)

​地球外生命体との​遭遇(出会い)は、仕事の打ち合わせを終えた帰り道、いきなり彼に声をかけられたのが始まりだった。

「朝霧 雫さん。あなたはこれまでの様々な観測により、私の滞在先として最適であると算出されました」 

イケメンからの新手のナンパかと身構えたが、その後の記憶がなぜかそこでプツリと途切れている。

気づくと私は自宅マンションの部屋にいた。
目の前には、私が差し出した緑茶を啜るイケメン。​

彼は自分がいかに家事の高度なスキルを所有しているか自己アピールを始めた。

これは採用面接なのか?

「私は個体認識No.RD-213
コードネーム、辛(コウ)です。 
地球における家事全般のスキルを完璧にマスターしています」

​彼はそう言うと、キッチンへ向かい、溜まっていたカップや皿をあっという間に洗い上げ、年末に私が格闘して諦めた換気扇を手際よく外し、あの憎きベトベトな油汚れを僅か30秒で消し去った。

冷静に考えれば、あの時の私は仕事に忙殺され思考回路が完全にバグっていた。

こんなにも有能な家政婦…いや、家政人(カセイジン)をGETできるチャンスなんて、一生のうちに二度とは訪れないであろう。

このチャンスを逃してなるものか。

私が滞在場所を提供する代わりに、彼が家事一切の完璧なる遂行という利害関係は、自宅での仕事で多忙を極める私にとって、至って合理的な取引だった。

​私は思わずつぶやいた。

「・・・採用」

そのままの流れで、正式に調印式が執り行われた。

​主な契約内容は以下である。

・私こと朝霧 雫(あさぎり しずく)は、
    住居の 提供、及び、地球人観測について、
    一切口を挟まない

・地球外​知的生命体である、
    個体識別No.RD-213
    コードネーム  :  辛(コウ)は、
    完璧な生活環境を提供する

・相手のプライベートに干渉しない

そういえば、私が選ばれた理由……
何か聞いた気もするが、よく覚えていない。 

思い出そうとすると、なぜか目眩がする。

まさか、SF映画のようにチップが埋め込まれているのでは…という一抹の不安がよぎることもあるが。

こうして奇妙な契約により、宇宙人の彼は、我が家のインフラを支える夫として、結婚という形態を取り暮らし始めた。

私は密かに彼を「家政人(カセイジン)」と呼んでいる。


彼は毎朝、規則正しく5時きっかりに起き、颯爽と身支度を整える。
日々のルーティンを淡々とこなしながら、母星からのミッションにも抜かりはないようだ。

今朝はエッグベネディクトとサラダ、ブレンドコーヒーである。もちろんソースもドレッシングも手作り。

朝食が済むと、慣れた手つきで食器を下げ、エプロンを着け洗い物を始める。

いつも気になっているのだが、
なぜエプロンを裏返しに着けるのだろう。

何か、宇宙的な意味があるのだろうか。

私は契約時に交わした不可侵条約に基づき、敢えて何も言わないが。


食洗機もあるのだが、なぜか彼は手洗いを好む。彼の母星では、何もかも全自動らしいが、このアナログ生活もまんざらではない様子。

最適解の水の量を計算しながら、
ミリ単位で洗剤を使う。

洗い終えた皿を丁寧に拭き終わると、手際よくゴミをまとめ、芸術的に美しく縛り上げた後、ゴミ集積所へ。

ご近所のマダムたちと、談笑という名のデータ収集も欠かさない。

今日も我が家の家政人(カセイジン)は、ゴミ集積所の前で、ご近所のマダムに爽やかな微笑みを向ける。

思うに、この微笑みは、人心掌握に多大な効果をもたらしているのだろう。

「​おはようございます、向井さん。おや、髪を切りましたね。とてもお似合いですよ」

​「あらやだ、コウさんたら、よく見てるわねえ!」
マダムが頬を染めて嬉しそうに笑う。

マンションの二階の窓から見えるのは、ご近所のマダムとの異世界交流の一場面だが、実際には、彼の瞳の奥のセンサーが僅かな誤差を発見した結果である。


【観測記録:個体Bの反応】

Bの頭部微粒子の平均長が、前回観測時より9.52mm減少。視覚データの不整合を検知。

データベースを更新……更新完了

出力メッセージ:肯定的なフィードバック
「髪を切りましたね」

きっとこんなところだろう。
彼の「社交的気遣い」は、全てデータ処理の結果なのだ。

​家に戻ると彼は、エプロンを着け、ルンバのスイッチON、洗濯物を干し、風呂、トイレ掃除、玄関掃除も完了、窓ガラスを磨き上げ、やがて彼は満足げな顔で、「市場調査」という名の買い物へ出かけていった。

その日も素晴らしいディナーを堪能したが、片づけをしていた彼は、何かに気づいたように一瞬フリーズした。

​「……雫さん、エプロンを適切な方向へ再設定してきます。
タグの露出は、擬態の精度を著しく低下させる要因でした」

エプロンの裏返しを今さら自覚したらしい。

残念なイケメンである。

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#02 (第2話)
 https://note.com/nano_rd_213/n/n1d9ca26ec5d7

#03 (第3話)
https://note.com/nano_rd_213/n/n549e1625f039

#04 (第4話)
https://note.com/nano_rd_213/n/n4f212e8c5fbb

#05 (第5話)
https://note.com/nano_rd_213/n/n94b2e0d1a2ed

#06 (第6話)
https://note.com/nano_rd_213/n/n84144e52ccd1

#07 (最終話)
https://note.com/nano_rd_213/n/nfa33003cbec2

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