【79回目noteマネー掲載】第百二十章:消費税―食料品1%で、黒字の店が赤字になる―
消費税―食料品1%で、黒字の店が赤字になる―

消費税―食料品1%で、黒字の店が赤字になる―
――税制が生む、小売の競争力格差――
「ピッ」
夕方のスーパー。
レジを通った一パックの魚を見ながら、みおが首をかしげた。
みお:
「ねえ、あおい。スーパーって、100円売ったら、どれくらい儲かるの?」
あおい:
「1円くらい。」
みお:
「……え?」
100円売って、1円しか残らない世界
スーパーマーケットは、薄利の商売である。
業界全体を見ても、営業利益率はおおむね1%台。
つまり、
100円の商品を売って、何十円も利益が残る商売ではない。
商品を仕入れる。
従業員に給料を払う。
電気を使う。
冷蔵庫や冷凍庫を動かす。
店舗を維持する。
商品を運ぶ。
売れ残れば廃棄する。
そうした費用をすべて払ったあと、
ようやく残る利益が、
100円につき1円前後。
そんな世界である。
だから小売業では、
売上の1%
という数字が、決して小さくない。
では。
そんな薄利の世界で、
食料品の消費税率を、
8%から1%
へ下げたら、何が起きるのだろう。
食料品8%から、1%へ
食料品の消費税率を8%から1%へ。
7ポイントの減税。
消費者から見れば、話は単純に見える。
税抜100円の商品なら、
108円 → 101円。
7円安くなる。
物価高の中では、ありがたい。
当然、
「スーパーも、その分安くしてくれるよね」
という期待が生まれる。
ところが。
ここで一つ、
ほとんど知られていない問題がある。
同じ魚を売っていても、消費税の計算方法が違う
みおがレシートを見る。
みお:
「食料品が1%になるなら、どの店も同じ条件なんじゃないの?」
あおい:
「税率は同じだよ。」
みお:
「じゃあ、同じじゃない。」
あおい:
「でも、消費税の計算方法が違う店がある。」
消費税には、
本則課税
と
簡易課税
がある。
本則課税では、
売上で受け取った消費税から、
実際に仕入れや経費で支払った消費税を差し引く。
一方、
一定規模以下の事業者が選択できる簡易課税では、
実際にいくら消費税を払ったかを一つずつ計算しない。
小売業では、
売上税額の80%を、仕入税額とみなす。
これが、
みなし仕入率80%
である。
もともとは、
小規模事業者の事務負担を軽くするための制度だ。
では、
実際の店に当てはめてみよう。
小さな食品スーパーを一軒つくってみよう
ここからは、
制度差を見るために単純なモデルを作る。
年間の税抜金額を、
食料品売上 1000万円
食料品仕入 740万円
10%課税経費 120万円
人件費 130万円
とする。
消費税をいったん無視して、
商売そのものを見ると、
1000万円
-740万円
-120万円
-130万円
だから、
10万円の黒字。
利益率1%の食品小売店である。
極端に儲かっている店でも、
最初から赤字の店でもない。
薄利ながら、
なんとか10万円を残している店だ。
ここからは、
分かりやすくするため、
実際にいくら入って、いくら出て、最後にいくら残るのか
を税込金額で追っていく。
※以下の「黒字・赤字」は、制度差を見るための単純化したモデル上の年間収支であり、会計上の営業利益と完全に同じものではない。
まず、現在の8%――本則課税
食料品売上1000万円。
消費税8%だから、
お客さんから実際に受け取る金額は、
1080万円。
次に支出。
食料品仕入740万円は、
8%税込で、
799.2万円。
10%課税経費120万円は、
税込で、
132万円。
人件費は、
130万円。
全部払うと、
1080万円
-799.2万円
-132万円
-130万円
=18.8万円。
まず、
18.8万円が手元に残る。
だが、
まだ消費税を納めていない。
本則課税なら、消費税はいくら?
売上で受け取った消費税は、
80万円。
仕入で支払った消費税は、
59.2万円。
10%経費で支払った消費税は、
12万円。
したがって納付額は、
80万円
-59.2万円
-12万円
=8.8万円。
先ほど残っていた18.8万円から、
8.8万円を納付する。
すると、
18.8万円-8.8万円
=10万円。
最初に置いた、
10万円の黒字がそのまま残った。
これが、
本則課税の基準になる。
みお:
「なるほど。受け取った消費税から、実際に払った消費税を引いて、残りを納めるのね。」
あおい:
「そう。本則課税では、実際の金額で精算する。」
同じ店を、簡易課税にしてみよう
では、
まったく同じ店が、
簡易課税を選択していたらどうなるか。
売上も、
仕入も、
経費も、
人件費も同じ。
だから納税前に残っている金額は、
先ほどと同じ、
18.8万円。
違うのは、
消費税の納付額だ。
小売業のみなし仕入率は80%。
したがって納付額は、
1000万円×8%×20%
=16万円。
本則課税では、
8.8万円だった。
簡易課税では、
16万円。
だから、
18.8万円から16万円を納付すると、
2.8万円。
10万円あった黒字が、2.8万円になった
整理しよう。
同じ店。
同じ商売。
8%・本則課税
10万円の黒字。
8%・簡易課税
2.8万円の黒字。
差は、
7.2万円。
簡易課税では、
実際に支払った消費税ではなく、
「小売業なら80%くらい仕入税額があるだろう」
という、
みなしで計算する。
この店では、
そのみなしと実際の経費構造がずれていた。
その結果、
本則課税より、
7.2万円負担が重くなった。
それでも、
まだ黒字ではある。
では。
食料品を1%にしたら、
どうなるだろう。
食料品を1%にしてみよう
条件は、
何も変えない。
食料品売上1000万円。
食料品仕入740万円。
10%課税経費120万円。
人件費130万円。
変えるのは、
食料品の税率だけ。
8%から、
1%へ。
まず、
本則課税で見てみよう。
1%・本則課税
食料品売上1000万円。
1%だから、
お客さんから受け取る金額は、
1010万円。
食料品仕入740万円も1%になる。
税込で、
747.4万円。
しかし、
10%課税経費は変わらない。
120万円に10%で、
132万円。
人件費は、
130万円。
全部払うと、
1010万円
-747.4万円
-132万円
-130万円
=0.6万円。
たった、
6000円しか残らない。
みお:
「えっ? もうほとんど残ってないじゃない!」
あおい:
「まだ終わりじゃないよ。本則課税だから、消費税を精算する。」
本則課税では、9.4万円が戻る
売上で受け取った消費税は、
10万円。
食料品仕入で支払った消費税は、
7.4万円。
10%経費で支払った消費税は、
12万円。
支払った消費税は合計、
19.4万円。
受け取った消費税は、
10万円。
つまり、
支払った方が、
9.4万円多い。
だから本則課税では、
9.4万円の還付。
先ほど残っていた、
0.6万円に、
9.4万円が戻る。
0.6万円+9.4万円
=10万円。
食料品を1%にしても、
本則課税なら、
このモデルでは、
もとの10万円の黒字を維持できる。
では、1%・簡易課税なら?
同じ店。
同じ売上。
同じ仕入。
同じ経費。
同じ人件費。
納税前に残っている金額は、
先ほどと同じ、
0.6万円。
ところが簡易課税では、
実際に19.4万円の消費税を払ったことを、
そのまま精算しない。
小売業のみなし仕入率は、
80%。
だから納付額は、
1000万円×1%×20%
=2万円。
手元には、
0.6万円しか残っていない。
そこから、
2万円を納付する。
0.6万円-2万円
=
▲1.4万円。
減税したら、黒字だった店が赤字になった
みおが、
数字を見つめる。
みお:
「……ちょっと待って。」
あおい:
「うん。」
みお:
「税率は下がったのよね?」
あおい:
「8%から1%に。」
みお:
「なのに……」
現在8%。
簡易課税なら、
+2.8万円。
食料品1%。
同じ簡易課税なら、
▲1.4万円。
減税した。
それなのに、
黒字だった店が、赤字になった。
4つ並べると、一発で分かる
食料品8%・本則課税
納税・還付前:18.8万円
納付:8.8万円
→ 最後に残る金額:+10万円
食料品8%・簡易課税
納税・還付前:18.8万円
納付:16万円
→ 最後に残る金額:+2.8万円
食料品1%・本則課税
納税・還付前:0.6万円
還付:9.4万円
→ 最後に残る金額:+10万円
食料品1%・簡易課税
納税・還付前:0.6万円
納付:2万円
→ 最後に残る金額:
▲1.4万円
8%では黒字だった簡易課税の店が、1%になると赤字へ転落する。
一方、本則課税なら、8%でも1%でも、このモデルでは10万円の黒字を維持する。
ここで、
大事なことが分かる。
食料品1%だけが、店を赤字にしたわけではない。
本則課税なら、
10万円の黒字を維持できる。
問題が現れるのは、
食料品1%と簡易課税が組み合わさったとき。
である。
なぜ、こんなことが起きるのか
答えは単純だ。
食料品は、食料品だけで売られているわけではない。
食料品の税率は、
8%から1%になる。
でも、
魚を冷やす冷蔵庫は10%。
肉を保存する冷凍庫も10%。
店舗の修繕も10%。
包装資材も10%。
レジシステムも10%。
さまざまなサービスも10%。
食料品を1%にしても、
店を動かすためのすべてが、
1%になるわけではない。
本則課税なら、
実際にいくら消費税を払ったかを見る。
簡易課税では、
実際の金額ではなく、
売上税額をもとに、
みなし仕入率80%
で計算する。
食料品の売上税率だけが、
1%まで大きく下がる。
一方、
10%の経費は残る。
そこで、
実際の仕入税額と、
みなし仕入税額のズレが大きくなる。
本則との差は、7.2万円から11.4万円へ
現在8%では、
本則課税なら、
10万円。
簡易課税なら、
2.8万円。
差は、
7.2万円。
食料品1%では、
本則課税なら、
10万円。
簡易課税なら、
▲1.4万円。
差は、
11.4万円。
つまり、
食料品税率を下げた結果、
本則課税と簡易課税の差は、
7.2万円 → 11.4万円
へ拡大した。
売上の1.14%。でも、利益から見れば114%
11.4万円。
売上1000万円に対して見れば、
1.14%。
一見すれば、
小さな数字に見える。
「たった1%くらいじゃないか」
と思うかもしれない。
でも、
この店がもともと残していた利益は、
10万円。
11.4万円は、
その、
114%。
である。
つまり、
売上の1%が、利益の100%を超える。
これが、
薄利の小売業の世界だ。
大型スーパーとの競争は、どうなる?
ここから、
もう一つの問題が見えてくる。
簡易課税を利用できるのは、
一定規模以下の事業者である。
大型スーパーを運営するような企業は、
基本的には、
本則課税の世界にいる。
一方、
地域の小さなスーパー。
八百屋。
魚屋。
肉屋。
そうした小規模食品小売には、
簡易課税を利用する事業者がいる。
今回のモデルでは、
食料品1%になると、
本則課税 +10万円
簡易課税 ▲1.4万円
その差、
11.4万円。
この差が、
単なる税金の差だけなら、
まだ話は簡単だった。
小売には、
価格競争
がある。
同じ魚なのに、同じ価格まで下げられない
大型スーパーが、
減税分を価格へ反映する。
地元の魚屋も、
同じだけ値下げしようとする。
しかし、
大型スーパーは本則課税。
地元の魚屋は簡易課税。
同じ価格まで下げると、
地元の店は赤字になる。
では、
値下げしなければいいのだろうか。
消費者から見えるのは、
こうだ。
大型スーパー 98円
地元の魚屋 100円
それだけ。
消費者には、
その店が、
本則課税なのか。
簡易課税なのか。
そんなことは見えない。
見えるのは、
値札だけ。
「大型スーパーは頑張っている。地元の店は下げない」
そう見えるかもしれない。
「大型スーパーは減税分を還元している」
「地元の店は高い」
「減税したのに値下げしない」
場合によっては、
「減税分を懐に入れているんじゃないか」
と思われるかもしれない。
しかし、
その店は、
同じ値段まで下げたら、
赤字になるのかもしれない。
これは、
単なる税負担の問題ではない。
価格競争力の問題である。
「益税」「ネコババ」と、100円売って1円の世界
ここで、
最初の話に戻る。
スーパーは、
100円売って、
利益として残るのが、
1円前後の世界だ。
ところがレシートには、
「消費税8円」
と表示される。
すると、
その8円が、
そのまま店に残っているように見える。
そして、
小規模事業者や免税事業者に対して、
「益税だ」
「ネコババだ」
という言葉が使われることがある。
でも、
実際の店には、
仕入れがある。
人件費がある。
電気代がある。
設備費がある。
物流費がある。
廃棄もある。
レシートに表示された消費税額と、店に残る利益は、まったく別の数字である。
100円売って、
何十円も利益が残る商売ではない。
湖東京至税理士は、すでに警告していた
この問題に近い構造を、
以前から指摘していた税理士がいる。
湖東京至氏である。
湖東氏は、
食料品を0%にした場合、
大手食品企業や大手スーパーでは、
仕入税額控除によって、
輸出還付金のような還付
が発生する一方、
簡易課税を利用する小規模食品小売では、
同じような還付を受けられない、
という非対称性を指摘している。
では、
0%ではなく、
1%なら、その問題は消えるのか。
小売業の薄い利益率と、
平均的な仕入構造をもとに、
単純なモデルを作ってみた。
すると、
問題は消えなかった。
むしろ、
本則課税との競争条件の差が広がった。
スーパーだけの話ではない
これは、
地域スーパーだけの問題ではない。
八百屋。
魚屋。
肉屋。
小さな食品小売店にも、
同じ構造があり得る。
特に、
魚屋や肉屋では、
冷蔵庫。
冷凍庫。
ショーケース。
加工設備。
電気代。
修繕費。
包装資材。
10%の経費を抱える。
食料品の売上だけが、
1%になっても、
店を維持するための費用まで、
1%になるわけではない。
だから、
何度でも言う。
食料品は、食料品だけで売られているわけではない。
税制が、競争力の差を作っていいのか
大型スーパーには、
もともと、
規模の経済がある。
大量仕入れができる。
物流を効率化できる。
設備投資ができる。
広告ができる。
ポイントを使える。
PB商品も作れる。
そうした差から生まれる価格競争力は、
企業努力や、
事業規模によるものだ。
しかし。
そこにさらに、
税金の計算方法による競争力の差
まで加える必要があるのだろうか。
小規模事業者の事務負担を軽減するために作られた、
簡易課税制度。
食料品を安くするための、
1%。
それぞれは、
別の政策目的を持っている。
ところが、
二つを重ねると、
小規模食品小売の競争力を削る可能性が出てくる。
これは、
一度きちんと検証されるべき問題ではないだろうか。
小さな店は、ただの「非効率」なのか
地域には、
大型スーパーがある。
地場スーパーがある。
八百屋がある。
魚屋がある。
肉屋がある。
直売所がある。
効率だけを見れば、
一つの大型店へ集約した方が、
合理的に見えるかもしれない。
でも。
別の見方もできる。
いろいろな形の店が残っている。
それは、
多様性。
一つの店が止まっても、
別の店がある。
別の流通経路がある。
それは、
冗長性。
災害。
物流障害。
燃料不足。
システム障害。
何かが起きても、
地域が食料供給機能を維持できる。
それは、
レジリエンス。
平時の効率だけを追えば、
一本の太い線へ集約する方がいい。
でも、
細い線が何本も残っていること自体が、
地域の強さでもある。
食料品1%で、本当に見るべきもの
食料品が安くなる。
それ自体は、
悪いことではない。
家計が苦しい今、
減税を求める声が出るのも当然だ。
でも、
政策を見るなら、
レジで何円安くなるかだけでは足りない。
その価格で、
誰が売り続けられるのか。
誰が値下げできるのか。
誰が赤字になるのか。
誰が市場から退出するのか。
そして、
その店が消えたあと、
地域に何が残るのか。
そこまで見なければ、
政策の本当の効果は分からない。
夕方。
みおは、
商店街を歩いていた。
八百屋。
魚屋。
肉屋。
少し先には、
大きなスーパーの看板が見える。
みお:
「安くなるのは、嬉しいわ。」
あおい:
「うん。」
みお:
「でも……みんな同じ条件で安くできるわけじゃないのね。」
あおいは、
小さく頷いた。
あおい:
「税率は同じでも、競争条件まで同じとは限らない。」
みおは、
魚屋の値札を見る。
その値札の向こうには、
冷蔵庫がある。
電気代がある。
人件費がある。
そして、
100円売って、
1円しか残らない世界がある。
食料品は、食料品だけで売られているわけではない。
ピッ。
その音は今日も、
地域から一本の細い線を消していく。

【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
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