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【みおとあおい】第百二十六章:消費税―3割特例より、本則の方が安かった―

第百二十六章:消費税―3割特例より、本則の方が安かった―

――2割特例終了、知らずに高い道を選ばないために――

2割特例の次は、3割特例?

夜。

みおは、片山財務大臣がインボイス制度について答える動画を見ていた。

その隣には、国税庁の税制改正資料が開かれている。

画面には、いくつもの言葉が並んでいた。

2割特例の終了。

3割特例。


簡易課税への移行。

みおは、一つずつ指で追った。

みお:
「2割特例が終わっても、個人事業者には3割特例があるのね」

あおい:
「対象になる人にはね」

みお:
「だったら、次は3割特例を使えばいいんじゃない?」

あおい:
「その前に、本則課税も計算してみよう」

みおは画面から目を離した。

みお:
「本則課税?」

あおい:
「実際の仕入税額を使って計算する、消費税の基本の方法だよ」

みお:
「でも、特例があるんでしょ?」

あおい:
「特例という名前と、納付額が安いことは同じじゃない」

あおいは、ノートを開いた。


まず、2割特例を確認しよう

インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった小規模事業者には、一定の要件の下で、納付税額を売上税額の2割とする特例が設けられていた。

これが、2割特例である。

本稿では、次の単純な取引モデルを使う。

AからBへの販売:税込400万円

BからCへの販売:税込550万円

Bは、免税事業者からインボイス発行事業者になったものとする。

税率は10%。

Bの税込売上550万円に含まれる売上税額は、

550万円×10/110=50万円

2割特例なら、Bの納付額は売上税額の20%である。

50万円×20%=10万円

したがって、Bはこれまで、

納付額10万円

で済んでいた。

みお:
「売上税額50万円のうち、納めるのは10万円」

あおい:
「2割特例を使える期間ならね」

しかし、2割特例には終わりがある。

個人事業者については2026年分の申告まで適用できるが、その後は同じ2割のままではない。

そこで、次の道として3割特例が現れる。


3割特例なら、15万円

2027年分と2028年分について、要件を満たす個人事業者は、納付税額を売上税額の3割とする特例を使える。

Bの売上税額は50万円だった。

したがって、3割特例なら、

50万円×30%=15万円

となる。

2割特例では10万円。

3割特例では15万円。

10万円→15万円

納付額は5万円増える。

みお:
「2割が終わったら3割。数字も一段だけ上がるのね」

あおい:
「そう見えるね」

みお:
「そう見える?」

あおい:
「まだ、本則課税を計算していない」


本則課税を計算してみよう

本則課税では、売上税額から、実際の仕入税額を差し引く。

消費税額=売上税額-仕入税額

Bは、Aから税込400万円で仕入れている。

その仕入れに含まれる税額は、

400万円×10/110=約36.36万円

Bの売上税額は50万円。

したがって、本則課税による納付額は、

50万円-36.36万円=約13.64万円

になる。

ここで、三つの数字を並べてみよう。

2割特例

納付額:10万円

本則課税

納付額:約13.64万円

3割特例

納付額:15万円

みおは、表を二度見た。

みお:
「本則の方が安いじゃない!!」

あおい:
「このモデルでは、3割特例より約1.36万円少ない」

みお:
「3割特例があるから、そのまま進めばいいんじゃなかったの?」

あおい:
「3割特例は、実際の仕入税額を見ないからね」


3割特例は、実際の仕入れを見ない

3割特例の計算は、単純である。

納付額=売上税額×30%

一方、本則課税は、実際の仕入税額を使う。

納付額=売上税額-実際の仕入税額

今回のBには、36.36万円の仕入税額がある。

売上税額50万円に対する割合は、

36.36万円÷50万円=約72.7%

つまり本則課税では、売上税額の約72.7%を実際の仕入税額として差し引ける。

残るのは、約27.3%である。

本則課税の納付割合:約27.3%

これに対して、3割特例の納付割合は30%。

本則:約27.3%

3割特例:30%

だから、このモデルでは本則課税の方が安くなる。

「特例」という名前と、「税金が安い」は同じ意味ではない。

実際の仕入税額が大きければ、本則課税の方が軽くなることがある。


簡易課税という、もう一つの道

2割特例や3割特例の次には、簡易課税という選択肢もある。

簡易課税では、実際の仕入税額を一件ずつ積み上げる代わりに、業種ごとに定められた「みなし仕入率」を使う。

みなし仕入率を r とすると、今回のBの納付額は、

簡易課税の納付額=50万円×(1-r)

となる。

みなし仕入率ごとに並べてみよう。

みなし仕入率90%

簡易課税の納付額:5万円
本則より8.64万円少ない

みなし仕入率80%

簡易課税の納付額:10万円
本則より3.64万円少ない

みなし仕入率70%

簡易課税の納付額:15万円
本則より1.36万円多い

みなし仕入率60%

簡易課税の納付額:20万円
本則より6.36万円多い

みなし仕入率50%

簡易課税の納付額:25万円
本則より11.36万円多い

みなし仕入率40%

簡易課税の納付額:30万円
本則より16.36万円多い

みお:
「簡易課税なら、簡単で安いんじゃないの?」

あおい:
「簡易なのは、仕入税額の計算方法だよ」

みお:
「税額が安いという名前じゃないのね」

あおい:
「実際の仕入構造と、みなし仕入率のどちらが大きいかで変わる」

「簡易」という名前と、「税金が安い」は同じ意味ではない。


このモデルの境目は、72.7%

本則課税と簡易課税の納付額が同じになる地点を計算してみよう。

本則課税は、約13.64万円。

簡易課税は、

50万円×(1-r)

である。

したがって、

50万円×(1-r)=13.64万円

これを解くと、

r=約72.7%

となる。

この単純モデルでは、

みなし仕入率が72.7%より高い
→簡易課税の納付額が少ない

みなし仕入率が72.7%より低い
→本則課税の納付額が少ない

という関係になる。

3割特例は、売上税額の70%を仕入税額とみなして、残り30%を納める計算と見ることもできる。

しかし、このBの実際の仕入税額率は約72.7%。

みなし:70%

実際:約72.7%

実際の方が大きい。

だから、その差に相当する約1.36万円だけ、本則課税の方が安くなった。

みお:
「2割、3割、簡易って、順番に進む階段じゃないのね」

あおい:
「自分の数字で比べる分岐路だよ」


2割から3割は、一本道ではない

制度案内だけを眺めると、次のような一本の階段に見える。

2割特例

3割特例

簡易課税

しかし、事業者の実際の選択は一本道ではない。

3割特例

本則課税

簡易課税

それぞれの納付額を並べる分岐路である。

どの方法が有利かは、事業者によって変わる。

仕入れや経費が少ない事業者。

課税仕入れが大きい事業者。

設備投資をした事業者。

複数の税率が混在する事業者。

同じ売上税額でも、実際の仕入税額は違う。

だから、制度の名前だけでは、自分の納付額は分からない。

2割特例の次を、名前で選んではいけない。

一度、自分の数字を本則課税へ入れてみる。

それから3割特例や簡易課税と比べればいい。


税額だけで決めればいいわけでもない

ここで、一つ注意が必要である。

本則課税の納付額が少ないからといって、すべての事業者が本則課税を選ぶべきだとは限らない。

本則課税では、実際の仕入税額を計算するための帳簿、請求書等の保存、税率区分などが必要になる。

自分で処理できなければ、税理士費用が増えることもある。

今回の差額は、3割特例と本則課税で約1.36万円。

もし、本則課税を選ぶことで増える事務コストが1.36万円を上回るなら、総コストでは3割特例を選ぶ合理性もある。

見るべきものは、税額だけではない。

実際に納める税額

事務負担・税理士費用

この合計である。

しかし、だからこそ最初に税額を比較する必要がある。

比較しなければ、自分が税額の安い道を選んだのか、事務負担の軽い道を選んだのか、それとも両方とも高い道へ入ったのかすら分からない。

みお:
「本則を選べ、という話じゃないのね」

あおい:
「うん。計算してから選ぼう、という話だよ」


一度だけ、三つの数字を並べよう

2割特例を使ってきた人が、次の道を考える。

そのときは、制度名ではなく、次の三つの数字を並べてほしい。

本則課税

売上税額-実際に控除できる仕入税額

3割特例

売上税額×30%

簡易課税

売上税額×(1-自分の事業区分のみなし仕入率)

そして、必要なら事務負担や税理士費用も加える。

本則課税を選ぶか。

3割特例を使うか。

簡易課税へ移るか。

その答えは、制度の名前の中にはない。

答えは、自分の売上税額と仕入税額の中にある。


どの道も、無傷ではない

2割特例が終われば、これまで10万円だった納付額が増える可能性がある。

今回のモデルでも、最も単純な比較では、

2割特例:10万円

本則課税:約13.64万円

3割特例:15万円

となった。

税負担をゼロにする魔法ではない。

制度の変更そのものを止める方法でもない。

今回できるのは、

選択を間違えて、必要以上に負担しないこと。

だけである。

みお:
「どの道も、2割特例より高いのね」

あおい:
「この比較ではね」

みお:
「じゃあ、助からないじゃない」

あおい:
「無傷では通れない。でも、傷の浅い道は探せる」

みおは、ノートに三つの数字を書いた。

10万円。

13.64万円。


15万円。

その差は、小さく見えるかもしれない。

けれど、小規模な事業者にとって、その差額もまた、生活費である。


みお、街を見る

翌日。

みおは、街を歩いていた。

小さな工務店。

一人で仕事をする職人。

デザイナー。

配送業者。

地域の小売店。

店先を見ても、その人がどの計算方法を選ぶのかは分からない。

けれど、それぞれの机には、同じような制度案内が届いている。

2割特例が終了します。

3割特例があります。


簡易課税へ移行できます。

その紙には、制度の名前が書かれている。

適用期間も書かれている。

手続も書かれている。

けれど、

あなたの場合、本則課税はいくらになるのか。

までは書かれていない。

同じ売上税額50万円でも、実際の仕入税額は一人ずつ違う。

3割特例へ進んだ人。

簡易課税を選んだ人。

一度だけ本則課税を計算した人。

選んだ制度によって、手元に残るお金が変わる。

その差額で、電気代を払えたかもしれない。

材料を買えたかもしれない。

家族と食事ができたかもしれない。

みおは、スーパーのレジに立った。

商品が一つ、読み取られる。

ピッ。

2割特例が終わる。

もう一つの商品が読み取られる。

ピッ。

3割特例という道が現れる。

けれど、その隣には、本則課税という別の道がある。

簡易課税という道もある。

どの道が最も安いかは、名前を見ても分からない。

自分の数字を入れて、初めて分かる。

制度は選べない。

けれど、制度の中で、どの道を通るかは選べる。

知らずに高い道を選ぶ必要まではない。

もう一度、レジが鳴った。

ピッ。

その音は今日も、

計算されなかった小さな差額が積み重なり、

誰かの生活を削る音だった。


このモデルの前提

本稿は、2割特例終了後の選択肢を比較するための単純化モデルである。

  • 税率は10%

  • AからBへの税込仕入額は400万円

  • BからCへの税込売上額は550万円

  • Bの売上税額は50万円

  • Bの実際の仕入税額は約36.36万円

  • ほかの売上、仕入れ、経費、設備投資などは考慮しない

  • Aはインボイス発行事業者で、Bは本則課税を選べば当該仕入税額を控除できる

  • 3割特例は、要件を満たす個人事業者の2027年分・2028年分を対象とする

  • 簡易課税は、適用要件を満たし、必要な届出等を行った場合を想定する

実際の有利・不利は、課税売上、控除対象となる仕入税額、事業区分、複数税率、非課税取引、設備投資、事務負担、税理士費用などによって変わる。

本稿は、本則課税が常に有利だと主張するものではない。

2割特例終了後、3割特例や簡易課税へ機械的に進む前に、本則課税による納付額も一度計算して比較する。

その必要性を示すものである。

実際の申告方式の選択や届出期限については、税務署、税理士等へ確認してほしい。

参考資料


【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ

参考動画:

【彼女は全てを知っていた。】

【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】


ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。

その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。


2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。

2012年、彼女はすべてを知っていた

「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。

片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。

たとえば、街の蕎麦屋である。

今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?

これは、単なる問いではない。

消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。


全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。

片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。

さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。

つまり、彼女は知っていた。


消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。

しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。


消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。

14年後、問いが戻ってきた

それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。

答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。


安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。

完全転嫁という幻想

多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。

「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。


それは、制度を成立させるために置かれた予定である。

赤字でも消費税が発生する理由

消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。

消費税

売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額


標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。

消費税

(課税売上 − 課税仕入)× 10/110


ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、

課税売上 − 課税仕入 > 0


であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、

課税売上 − 課税仕入 > 0


となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。

だから、赤字事業者にも消費税が発生する。


赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。

付加価値の先取り

課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。


単純化すれば、

付加価値

課税売上 − 課税仕入


さらに、その付加価値は概ね、

付加価値

利益 + 人件費


と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。

消費税≒ 付加価値 × 10/110


さらに単純化すれば、

消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110


となる。
ここで、何が起きているのか。

事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。


本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。

国が消費税を先に取る。


残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。

しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。


利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。

安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。

消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。


その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。

レシートに書かれた「内消費税」

安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。

その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。


レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。

それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。


そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。

ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。


しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、

「その価格で、一つの取引が成立した」


という事実である。

2012年の言葉と、2026年の言葉

2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。

同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。


市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。

あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。


その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。

2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。


価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。

そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。

だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。


人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。

それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。

これは事件の記録である

14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。

彼女が座る椅子だった。


制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。

制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。

14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。

これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。


誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。

その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。

失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。


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《人気マガジン》

【土を育てる。】

※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。

【みおとあおい】消費税怪異譚

※消費税とは何か。 レシート、預り金、価格転嫁、輸出還付金、インボイス――。 国会答弁や制度構造をもとに、みおとあおいが消費税の怪異を観測し、その真名を解き明かしていくシリーズです。

【日本が貧しくなった本当の理由】

※日本が貧しくなったのは、努力不足ではない。家計の手取りと消費を削り、企業の売上・投資を細らせてきた制度の積み重ねがある。消費税、社会保険料、緊縮財政、PB黒字化、インボイス。それらを一つの経済構造として読み解くマガジンです。

【人気記事】

<消費税×ゲーム理論―インボイスがB2B市場を再編する>

※【86回目noteマネー掲載】第百二十九章:消費税×ゲーム理論―インボイスがB2B市場を再編する―は、こちらを参照

<消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか>

※【85回目noteマネー掲載】第百二十八章:消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか―は、こちらを参照

<消費税×ゲーム理論―なぜ市場は登録へ向かうのか>

※【84回目noteマネー掲載】第百二十七章:消費税×ゲーム理論―なぜ市場は登録へ向かうのか―は、こちらを参照

<3割特例より、本則の方が安かった>

※【みおとあおい】第百二十六章:消費税―3割特例より、本則の方が安かった―は、こちらを参照

<消費税―80%控除は、20%負担だった>

※【83回目noteマネー掲載】第百二十五章:消費税―80%控除は、20%負担だった―は、こちらを参照

<消費税―控除を切れば、増税になる>

※【みおとあおい】第百二十四章:消費税―控除を切れば、増税になる―は、こちらを参照

<消費税―市場圧力の正体>

※【82回目noteマネー掲載】第百二十三章:消費税―市場圧力の正体―は、こちらを参照

<消費税―増税額は、最初から決まっていた>

※【81回目noteマネー掲載】第百二十二章:消費税―増税額は、最初から決まっていた―は、こちらを参照

<2割特例、その先に50%が待っていた>

※【80回目noteマネー掲載】第百二十一章:消費税―2割特例、その先に50%が待っていた―は、こちらを参照

<食料品1%で、黒字の店が赤字になる>

※【79回目noteマネー掲載】第百二十章:消費税―食料品1%で、黒字の店が赤字になる―は、こちらを参照

<消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま>

※【77回目noteマネー掲載】第百十八章:消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま―は、こちらを参照

<消費税―1%になっても、大根は安くならない>

※【76回目noteマネー掲載】第百十七章:消費税―1%になっても、大根は安くならない―は、こちらを参照

<消費税―食料品1%は、6.7%だった>

※【75回目noteマネー掲載】第百十六章:消費税―食料品1%は、6.7%だった―は、こちらを参照

<消費税―消える仕入税額>

※【74回目noteマネー掲載】第百十五章:消費税―消える仕入税額―は、こちらを参照

<消費税―益税のようなものは、いなかった>

※【73回目noteマネー掲載】第百十四章:消費税―益税のようなものは、いなかった―は、こちらを参照

<消費税―インボイスが食べる7円>

※【みおとあおい】第百十三章:消費税―インボイスが食べる7円―は、こちらを参照

<消費税―食料品減税のゼロサムゲーム>

※【71回目noteマネー掲載】第百十一章:消費税―食料品減税のゼロサムゲーム―は、こちらを参照

<消費税―食料品減税の皮算用>

※【68回目noteマネー掲載】第百八章:消費税―食料品減税の皮算用は、こちらを参照

<食料品減税で、飲食店が増税になる!?>

※【67回目noteマネー掲載】第百七章:消費税―食料品減税で、飲食店が増税になる!?は、こちらを参照

<消費税―108円の大根は101円になるのか>

※【66回目noteマネー掲載】第百六章:消費税―108円の大根は101円になるのか―は、こちらを参照

<消費税―税金の保証人>

※【65回目noteマネー掲載】第百五章:消費税―税金の保証人―は、こちらを参照

<消費税―彼女は全てを知っていた>

※【60回目noteマネー掲載】第百章:消費税―彼女は全てを知っていた―は、こちらを参照

<消費税―大統一理論>

※【52回目noteマネー掲載】第九十二章:消費税―大統一理論は、こちらを参照

<付加価値の先取り―二人のカタヤマ>

※【みおとあおい】第九十一章:消費税―付加価値の先取り―二人のカタヤマは、こちらを参照


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