【82回目noteマネー掲載】第百二十三章:消費税―市場圧力の正体―
第百二十三章:消費税―市場圧力の正体―

――課税事業者を動かすT(1-m)――
みおは、スマホの画面を見つめていた。
流れているのは、国会の動画。
片山財務大臣が、インボイス制度について答弁している。
免税事業者。
課税事業者。
仕入税額控除。
経過措置。
聞き慣れた言葉が、次々と流れていく。
みおはしばらく黙っていた。
そして、ふと首をかしげた。
みお:
「ねえ、あおい。」
あおい:
「なに?」
みお:
「どうして課税事業者って、免税事業者にインボイス登録してほしいの?」
「値下げしてって言ったり……」
「取引をやめたり……」
「別の業者に変えたりするでしょ?」
あおいは少し考えてから答えた。
あおい:
「じゃあ今日は、課税事業者の側から見てみようか。」
■ 市場圧力の正体
最初に、一つだけ式を置く。
T(1-m)
みお:
「…………なにこれ?」
あおい:
「市場圧力の正体。」
みお:
「余計に分からないわよ!」
大丈夫。
すぐに数字にする。
ここで、
T=その仕入れに対応する税額相当額
m=認められる仕入税額控除の割合
とする。
つまり、
1-m
は、控除できなくなった割合である。
したがって、
T(1-m)
とは、
インボイスを発行できない事業者から仕入れることで、課税事業者側に追加で残る税コスト
である。
……と言われても、まだ分かりにくい。
数字にしよう。
■ 50万円の仕事をお願いしただけ
話を単純にするため、すべて税抜、税率10%で考える。
ある課税事業者Cが、免税事業者Bに、
50万円の仕事を依頼した。
この50万円に対応する税額相当額は、
50万円×10%=5万円
である。
全額控除できる取引なら、この5万円を仕入税額として差し引くことができる。
では。
仕入税額控除が5割しか認められなくなったら、どうなるだろう。
5万円×(1-0.5)=2万5,000円
課税事業者Cには、
2万5,000円の追加税コスト
が残る。
みお:
「……2万5,000円?」
あおい:
「うん。」
みお:
「でも、5割は控除できるんでしょ?」
あおい:
「そうだよ。」
みお:
「半分も残ってるじゃない。」
そう。
「5割控除」と聞くと、
なんとなく、
まだ半分守られている。
そんな印象を受ける。
では、ここに利益を入れてみよう。
■ 利益が2万円だったら?
この取引から確保できる利益を、
2万円
と仮定する。
そこへ、先ほどの追加税コスト、
2万5,000円
が乗る。
すると、
2万円-2万5,000円=-5,000円
である。
黒字だった取引が、
赤字になる。
みおの目が見開かれた。
みお:
「えっ!?」
「まだ5割も控除できるんでしょ!?」
あおい:
「でも、残りの5割はCのコストになるからね。」
みお:
「半分残ってるのに、もう赤字じゃない!!」
そうなのである。
重要なのは、
控除率が何%残っているかではない。
控除できなくなった税額が、
その会社の利益の何%を食べるのか。
である。
■ だから、課税事業者は動く
ここまで来れば、課税事業者の行動はかなり簡単に説明できる。
相手がインボイス登録事業者なら、通常の要件を満たす限り仕入税額控除ができる。
しかし、相手が免税事業者なら、
課税事業者側に、
T(1-m)
という追加税コストが残る。
しかも、それによって利益が消えることすらある。
だったら、どうするだろう。
まず、
「インボイス登録してもらえませんか?」
とお願いする。
難しければ、
「価格について相談できませんか?」
となる。
それでも採算が合わなければ、
「別の事業者を探そう」
となる。
それだけの話である。
■ 課税事業者は、悪者なのか
ここは大事なので、はっきり書いておきたい。
この記事は、
課税事業者が免税事業者をいじめている
という話ではない。
利益2万円の取引に、
2万5,000円の追加税コストが発生する。
それでも同じ条件で取引を続けろ。
それは、商売として無理がある。
課税事業者もまた、
制度の中で合理的に行動しているだけなのである。
つまり、
人が市場圧力を作っているのではない。
その前に、
T(1-m)
というコスト差が置かれている。
そして、そのコスト差が、
人を動かしている。
■ 控除が縮小すれば、市場圧力は強くなる
インボイス発行事業者以外からの仕入れについては、経過措置によって仕入税額控除が認められている。
しかし、その控除割合は段階的に縮小していく。
同じ50万円の仕入れなら、単純化するとこうなる。
同じ50万円の仕入れでも、控除割合が下がるほど、課税事業者に残る追加税コストは増えていく。
8割控除なら、追加税コストは 1万円。
7割控除なら、1万5,000円。
5割控除なら、2万5,000円。
3割控除なら、3万5,000円。
控除ゼロなら、5万円。
つまり、
1万円 → 1万5,000円 → 2万5,000円 → 3万5,000円 → 5万円
と、一方向に大きくなっていく。
つまり、
T(1-m)
は、控除が縮小するほど大きくなる。
今なら、
「1万円なら、うちで負担しておこう」
と考える会社もあるかもしれない。
しかし、
2万5,000円。
3万5,000円。
5万円。
となっても、
同じ判断を続けられるだろうか。
■ 実際、今は課税事業者が負担している
ここで面白い調査がある。
日本商工会議所の2025年調査では、免税事業者から仕入れている本則課税事業者のうち、
87.5%が「取引価格を変更せず自社で負担した」
と回答している。
つまり現状では、
課税事業者側が追加コストを飲み込んでいるケースが非常に多い。
しかし同じ調査で、
42.3%が今後、取引価格や仕入先を見直す
と回答している。
さらに、
価格を維持したまま取引を続ける理由で最も多かったのは、
「品質や技術の観点から代替となる取引先がない」44.6%。
これを逆から見ると、
少し違う景色が見える。
代わりがいるなら、どうなるのだろう。
■ 値下げを断れば、問題は解決するのか
インボイス制度をめぐっては、
免税事業者への一方的な値下げなどが問題になってきた。
課税事業者になるよう要請すること自体は問題ではない。
一方で、
登録しなければ値下げする。
応じなければ取引を打ち切る。
といった一方的な対応は、独占禁止法や取適法上、問題となる場合がある。
これは当然の保護である。
だが。
ここで市場圧力が消えるわけではない。
課税事業者側には、
依然として、
T(1-m)
が残っている。
だったら、どうするか。
■ 次の契約で変える
今の取引先に、
無理やり値下げを求める必要はない。
今の契約を、そのまま終える。
そして次の仕事から、
登録事業者へ発注する。
あるいは、
新規案件では最初から登録事業者を候補にする。
つまり、
「インボイス未登録だから、あなたを切ります」
と宣言する必要すらない。
次の発注が、
来ないだけである。
■ 静かな市場排除
これが、この制度の分かりにくいところだと思う。
露骨な排除なら、
観測できる。
「インボイス未登録なので契約を終了します」
そう言われれば、原因は分かる。
しかし、
次の見積依頼が来なかった。
契約が更新されなかった。
法人注文が減った。
新しい仕事が来なくなった。
これは、
何が原因なのか分からない。
景気かもしれない。
競合かもしれない。
価格かもしれない。
インボイスかもしれない。
だから、
静かな市場排除は、排除された側からも観測しにくい。
なぜなら、
「取引が消えた」のではない。
最初から、
次の取引が発生しなかった
からである。
■ B2Cなら大丈夫?
ここでもう一つ。
インボイスはB2Bの問題。
B2C中心の事業者なら、それほど影響しない。
そう言われることがある。
確かに、
一般消費者は仕入税額控除を使わない。
だから、
純粋な一般消費者向けの売上には、直接的な影響は小さい。
でも。
現実の商売は、
そんなに綺麗にB2CとB2Bに分かれていない。
■ 小さなお弁当屋さん
たとえば、
町のお弁当屋さん。
普段のお客さんは一般消費者かもしれない。
でも、
会社の会議。
研修。
イベント。
工事現場。
来客。
残業。
法人から30個、50個と注文が入ることもある。
店から見れば、
ただのお弁当の売上。
でも買っている会社から見れば、
事業上の支出である。
会社の経理担当者から、
何度も聞かれる。
「インボイスあります?」
「登録番号をお願いします。」
最初は、
「ありません」
で終わる。
でも、それが何度も続けば、
店主だって考える。
「これ、登録しておかないと法人客を失うんじゃない?」
■ 売上の1割でも、軽くない
たとえば、
売上550万円。
外部仕入などを引いた付加価値が150万円程度の小規模事業者を考える。
法人需要が売上の1割なら、
550万円×10%=55万円
である。
「法人客は1割だけです」
と言えば、小さく見える。
でも、
55万円は、
150万円の付加価値に対して見れば、
**約37%**に相当する。
もちろん、実際には売上減少に伴って変動費も減るため、そのまま55万円が所得から消えるわけではない。
それでも、
売上の1割と、生活を支える所得の1割は同じではない。
小さな事業者ほど、
売上の端に見える法人需要が、
大きな意味を持つことがある。
■ そして、経理は面倒である
会社の経理担当者の立場にもなってみよう。
社員が毎回、
違う店を使う。
違うタクシーに乗る。
違う弁当屋から買う。
そのたびに、
この領収書はインボイス対応?
登録番号は?
今の控除割合は?
どう処理する?
と確認する。
面倒である。
だったら、
「会議弁当はこの店」
「出張ホテルはこのチェーン」
「タクシーはこのサービス」
と決めてしまった方が楽だ。
つまり課税事業者には、
税コストを減らすインセンティブ
だけではない。
経理コストを減らすインセンティブ
まである。

■ 市場は、便利にする
ここからは未来の話である。
もし法人利用者から、
「インボイス対応の店だけ探したい」
という需要が増えたら、どうなるだろう。
市場は、
需要があれば、
だいたい便利にする。
「適格請求書発行事業者」のバッジ。
「インボイス対応のみ表示」の検索フィルター。
法人アカウントでの登録事業者の優先表示。
店舗情報と登録番号の紐付け。
領収書データと経費精算ソフトの自動連携。
どれも、
免税事業者を排除するための機能ではない。
ただ、
便利なのである。
■ すでに入口で選別する仕組みはある
これは完全な空想でもない。
タクシー配車では、
インボイス登録とシステム上の配車が結び付いた事例がすでにある。
つまり、
価格交渉以前に、
商売の入口
で登録番号が効く例は存在している。
今後、同じ考え方が、
飲食店検索。
法人向けデリバリー。
宿泊。
予約サービス。
その他のマッチングサービス。
へ広がるかどうかは分からない。
しかし、
法人側に需要があれば、
そういう機能を市場が作ることは十分考えられる。
■ インボイスは、検索条件になる
そして、もしそうなれば。
誰も、
「免税事業者を追い出そう」
とは言わない。
経理担当者は、
仕事を楽にしたいだけ。
会社は、
税コストを減らしたいだけ。
アプリ会社は、
ユーザーを便利にしたいだけ。
利用者は、
検索フィルターにチェックを入れるだけ。
そして、
未登録の店が、
検索結果から消える。

■ 誰も悪くない
これが、
今回いちばん書きたかったことである。
課税事業者を悪者にしても、
この問題は見えない。
免税事業者も、
自分の商売を守ろうとしている。
課税事業者も、
自分の商売を守ろうとしている。
経理も、
仕事を効率化したい。
アプリ会社も、
ユーザーの需要に応えたい。
みんな、
それぞれ合理的に行動している。
それでも、
その最初に、
T(1-m)
というコスト差が置かれれば、
市場は少しずつ動いていく。
登録事業者の側へ。
■ みお、街を見る
動画を閉じたみおは、
街へ出た。
いつもの夕方だった。
小さなお弁当屋さん。
居酒屋。
美容室。
個人商店。
タクシー。
どこも、
昨日と同じように営業している。
誰かが追い出されているようには見えない。
そのとき。
少し離れたところで、
会社員らしい二人がスマホを見ていた。
「今度の飲み会、ここどう?」
「そこ、インボイス対応してる?」
「分かんない。」
「じゃあ、こっちにしようか。」
指が、
画面を一度だけ叩いた。
候補から、
一つの店が消えた。
その店の主人は、
何も知らない。
今日も、
いつも通り暖簾を出している。
みおは、
その店を見つめていた。
みお:
「……あおい。」
あおい:
「なに?」
みお:
「誰も、追い出してないのね。」
あおいは、
少しだけ黙った。
あおい:
「うん。」
「みんな、自分にとって合理的な方を選んでるだけだよ。」
みおは、
もう一度街を見た。
誰も悪者ではない。
誰も、
追い出せと命令されていない。
それでも、
取引は少しずつ、
登録事業者の側へ流れていく。
小さな店のレジから、
電子音が響いた。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。

【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
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【土を育てる。】
※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。
【みおとあおい】消費税怪異譚
※消費税とは何か。 レシート、預り金、価格転嫁、輸出還付金、インボイス――。 国会答弁や制度構造をもとに、みおとあおいが消費税の怪異を観測し、その真名を解き明かしていくシリーズです。
【日本が貧しくなった本当の理由】
※日本が貧しくなったのは、努力不足ではない。家計の手取りと消費を削り、企業の売上・投資を細らせてきた制度の積み重ねがある。消費税、社会保険料、緊縮財政、PB黒字化、インボイス。それらを一つの経済構造として読み解くマガジンです。
【人気記事】
<消費税×ゲーム理論―インボイスがB2B市場を再編する>
※【86回目noteマネー掲載】第百二十九章:消費税×ゲーム理論―インボイスがB2B市場を再編する―は、こちらを参照
<消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか>
※【85回目noteマネー掲載】第百二十八章:消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか―は、こちらを参照
<消費税×ゲーム理論―なぜ市場は登録へ向かうのか>
※【84回目noteマネー掲載】第百二十七章:消費税×ゲーム理論―なぜ市場は登録へ向かうのか―は、こちらを参照
<3割特例より、本則の方が安かった>
※【みおとあおい】第百二十六章:消費税―3割特例より、本則の方が安かった―は、こちらを参照
<消費税―80%控除は、20%負担だった>
※【83回目noteマネー掲載】第百二十五章:消費税―80%控除は、20%負担だった―は、こちらを参照
<消費税―控除を切れば、増税になる>
※【みおとあおい】第百二十四章:消費税―控除を切れば、増税になる―は、こちらを参照
<消費税―市場圧力の正体>
※【82回目noteマネー掲載】第百二十三章:消費税―市場圧力の正体―は、こちらを参照
<消費税―増税額は、最初から決まっていた>
※【81回目noteマネー掲載】第百二十二章:消費税―増税額は、最初から決まっていた―は、こちらを参照
<2割特例、その先に50%が待っていた>
※【80回目noteマネー掲載】第百二十一章:消費税―2割特例、その先に50%が待っていた―は、こちらを参照
<食料品1%で、黒字の店が赤字になる>
※【79回目noteマネー掲載】第百二十章:消費税―食料品1%で、黒字の店が赤字になる―は、こちらを参照
<消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま>
※【77回目noteマネー掲載】第百十八章:消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま―は、こちらを参照
<消費税―1%になっても、大根は安くならない>
※【76回目noteマネー掲載】第百十七章:消費税―1%になっても、大根は安くならない―は、こちらを参照
<消費税―食料品1%は、6.7%だった>
※【75回目noteマネー掲載】第百十六章:消費税―食料品1%は、6.7%だった―は、こちらを参照
<消費税―消える仕入税額>
※【74回目noteマネー掲載】第百十五章:消費税―消える仕入税額―は、こちらを参照
<消費税―益税のようなものは、いなかった>
※【73回目noteマネー掲載】第百十四章:消費税―益税のようなものは、いなかった―は、こちらを参照
<消費税―インボイスが食べる7円>
※【みおとあおい】第百十三章:消費税―インボイスが食べる7円―は、こちらを参照
<消費税―食料品減税のゼロサムゲーム>
※【71回目noteマネー掲載】第百十一章:消費税―食料品減税のゼロサムゲーム―は、こちらを参照
<消費税―食料品減税の皮算用>
※【68回目noteマネー掲載】第百八章:消費税―食料品減税の皮算用は、こちらを参照
<食料品減税で、飲食店が増税になる!?>
※【67回目noteマネー掲載】第百七章:消費税―食料品減税で、飲食店が増税になる!?は、こちらを参照
<消費税―108円の大根は101円になるのか>
※【66回目noteマネー掲載】第百六章:消費税―108円の大根は101円になるのか―は、こちらを参照
<消費税―税金の保証人>
※【65回目noteマネー掲載】第百五章:消費税―税金の保証人―は、こちらを参照
<消費税―彼女は全てを知っていた>
※【60回目noteマネー掲載】第百章:消費税―彼女は全てを知っていた―は、こちらを参照
<消費税―大統一理論>
※【52回目noteマネー掲載】第九十二章:消費税―大統一理論は、こちらを参照
<付加価値の先取り―二人のカタヤマ>
※【みおとあおい】第九十一章:消費税―付加価値の先取り―二人のカタヤマは、こちらを参照
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