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40歳の私がたどり着いた、ひきこもり資金と「お金を巡らせる」3つのルール

通帳の残高や、今月の引き落とし額の通知画面を見つめながら、ふとお金の手触りについて考えていました。

若い頃の私にとって、お金はただ「欲しいものを買うためのチケット」であり、残高が減っていくたびに胸がざわつく「恐ろしい数字」でしかありませんでした。限界まで自分を追い込んで成果を出すことがどこか誇らしく、がむしゃらに働いたあとで自分にご褒美をあげるやり方でしか、満足感を得られなかったのです。

けれど、暮らしを重ね、自分の足で立ち、小さなあなたの手を引いて歩くようになった今。心も体もあっという間にすり減ってしまう40歳の私には、そのやり方は完全に逆効果だと分かりました。

今は、「誰よりもいちばんに、まず自分の土台を満たすこと」を何よりも優先しています。

15歳のあなたへ。そして、このnoteを開いてくれたあなたへ。 今回は、私たちがこの世界でしなやかに生きるための「お金と労働の地図」を、包み隠さず書き残しておこうと思います。

ひきこもり資金という、私の「土台」と生き方の自由

この生き方を支えているのは、決して綺麗ごとだけではありません。というのも、私はもともと心配性で、「いつかすべてが立ち行かなくなるかもしれない」という不安をどこかに抱えながら生きてきた人間だからです。

だからこそ、いつでも自立して家族を守れるだけの基盤を手元に置いておきたかった。 それは、「いつ離婚しても(するつもりはないけれども)あなたと実家で1年は生活できるだけの資産」を確保し、かつて試行錯誤しながら蓄えてきた「ひきこもり資金」という自分なりのセーフティネットです。

誰かに依存せず、自分の足で立てる足場を自分で作っておくこと。それは世間の正解を追うためではなく、私が私自身の心を守りながら、本当に大切なものだけにエネルギーを注ぐための現実的な備えなのです。

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消費するのではなく、構造で支えるということ

ここで言う応援とは、ただお店に行って商品を買うだけの、一過性の消費活動ではありません。もっと本質的で、構造的な関わり方のことです。

以前の私は、自分の外側に光を求め、「輝きたい」と走り続けていた時期がありました。けれど、過酷な現実や喪失を経験し、誰かの自己実現のために自分のすり減った日常が道具として使われていくような矛盾を目の当たりにしたとき、その仕組みからはっきりと距離を置くようになりました。

私が実践したいのは、「PR(広報)の視点を使い、ローカルな暮らしや地域の情報を丁寧に編んで届けていくこと」です。

地域には、自分の世界を大切にしつつ、小さくても熱意を持って商売や表現をしている人たちがたくさんいます。そういう人たちの想いや、そのお店が持っている独自のストーリーに触れたとき、私はその裏側にある「どうやってこの場所や仕組みが成り立っているのか」という経営的・構造的なロジックに目を向けます。

大金を稼ぐためではなく、その人たちの営みが無理なく持続していくために。

感情とロジックを編み直す、PRという営み

ただ「素敵ですね」と感情だけで消費して終わるのではなく、「この人たちの価値観や取り組みが、どうすれば人々に正しく伝わり、持続可能なエコシステムとして回り続けるか」を考えます。

以前の私は、自分の直感や「良くしたい」という誠意を過信し、身体が発していた違和感を無視して複雑な状況を一人で引き受けてしまいました。だからこそ今は学びました。無闇にリスクの高い戦場へ飛び込むのではなく、自分の皮膚感覚や慎重さを命綱として大切にすること。そして、誰かと関わるときは、お互いの距離感を風通しよく、軽やかに保ち続けること。

そのうえで、自分が持っている言葉とPRの専門性をどう使うか。 情報をただ流すのではなく、その人たちの営みが持つ本質的な価値を自分の言葉で丁寧に翻訳し、ブログというメディアを通じて発信することで、頑張っている人たちを裏からしっかりと支えていく。

お金の多寡ではなく、「いかに持続可能な循環をまわし続けるか」。それが、私の選んだ尺度です。

自分の世界を大事にし、石橋を叩くように慎重に物事を考えるあなたなら、きっとこの「ただの感情論でも、冷たい効率主義でもない、構造を持った応援の仕組み」の価値が分かるはずです。

お金は「社会を巡る血液」だから

私がお金についてあなたに一番伝えたいのは、「お金は社会を巡る血液だ」ということです。

血液は、体の中を一箇所に留まらず巡り続けることで、全身に栄養を運び、命を繋いでいます。お金もまったく同じです。銀行口座の中に数字として固く閉じ込めておくだけでは、ただの電子データや紙切れに過ぎません。あなたがスーパーで野菜を買い、電車に乗り、誰かにお礼を支払うことで、巡り巡って街のパン屋さんが存続し、バスが走り、誰かの給料になっていきます。

どこにお金を支払うかは、「どんなお店や、どんな仕事、どんな街をこの世に残したいか」という選択の積み重ねです。あなたが温かい気持ちで送り出したお金は、巡り巡って、またいつか形を変えてあなたの元へ戻ってきます。

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失敗を重ねて見つけた「資産運用」という練習

あなたが生まれたとき、お母さんは将来の教育費のために「つみたてNISA」をはじめました。それと同時に、自分が持っていた株を売却する「練習」を始めてみることにしました。

お母さんはこれまで、日々の暮らしの中でたくさんの小さな失敗をしてきました。安さに惹かれて使わないものを買ったり、流行りに乗って自分に合わない選択をしたり。失敗した直後は落ち込むこともありましたが、そうした試行錯誤を重ねるうちに、自分にとって何が本当に実用的かを見る目が養われていきました。

投資も、まったく同じでした。 失敗や迷いを繰り返した末に手元に残っていたのは、「本当に私たちの暮らしに役立っている」と実感できる企業や、「この取り組みを心から応援したい」と思えた企業の株でした。

そして、家族の暮らしのステージが新しくなっていく中で、お母さんはひとつの判断をしました。応援するために持っていた株のひとつを眺め、「この株の応援としての役割は、もう十分に果たしてくれたな」と感じたのです。

これからはずっと持ち続けるのではなく、私たちの今の暮らしや、これから広がっていくあなたの未来を支えるお金として、手元に戻そうと決めました。年間15万円という小さな枠を決め、毎月少しずつ売ってみる。相場の一喜一憂に振り回されず、決めたルール通りに静かに現金へと戻していく。その手続きひとつひとつが、未来のあなたを守るための大切な準備でした。

お金は、ただ貯め込むだけのものではなく、必要な時には「応援」として社会に送り出し、ライフステージが変わった時には感謝とともに「安心」として手元に戻す。そうして自分の意思でお金を循環させていくことこそが、本当の資産運用なのです。

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報酬は当然であり、温もりはエンジン

世の中に出ると、学校では教えてくれなかった現実に、たくさん出会うと思います。 大人の世界には、働く人が人として丁寧に扱われないこともあります。頑張っているのにそれが当たり前に扱われたり、働いたことへの対価をこちらからお願いしなければならなかったり。

私もフリーランスとして仕事をしていた時期、案件に応募しても不採用なら連絡がないことや、「社会のために」という名目で無償の労力を求められる冷たい空気を知りました。

だからこそ、あなたに伝えたい。 働いたなら、報酬を受け取っていい。ちゃんとした労働の対価を得るのは、あまりにも当然のことです。

同時に、フリーランスの孤独も、労働の現場の冷たさも、そして温もりも知っているからこそ言いたいことがあります。

工場で品質に落ち度があっても「中身はオッケーだから」とみんなで分け合った優しさ。歯科助手時代、仕事が終われば先生が「お疲れ様」とお茶やお菓子をそっと用意してくれた温もり。ばあばが家で作業をしてくれる業者さんに、持ち帰れる飲み物をそっと用意する背中。

人間の体温が通う場所には、数字や効率では測れない「温もり」があります。 誰かがあなたの時間や労力、存在そのものを「価値のあるもの」として扱ってくれる実感が、もう一度立ち上がるための「エンジン」になる。

もし、そのエンジンさえ切られてしまうような、人の尊厳まで削られるような場所にいるのなら、無理をして戦い続けなくてもいい。そこから離れることは逃げではなく、大切な自分を守るための防衛策です。

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40歳からの生き様を、背中で見せる

たくさん稼ぐことよりも、大切な人や場所を守り、地域の中で温かな循環を生み出すこと。 自分の足で立てる土台を持ち、自分の選んだ尺度でまっすぐに応援していくこと。 そして、自分の心と体を冷やさないための「余白」をカフェのコーヒー代や静かな時間の中で守り抜くこと。

不器用でもいい。遠回りに見えてもいい。 自分の頭で構造を考え、自分の足で立ち、誰かを応援する仕組みを現実的に作っていく。そんな40歳の生き様を、私はこれからも自分の手でしっかりと組み立て、あなたに見せ続けていきたいと思います。

【あわせて読んだら、きっともっと伝わる話】
かつて、すべてを諦めていた私が「自分の人生」を歩き出すまでの原点について書きました。

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tomori|いつか、あなたへ ここまで読んでいただきありがとうございます。 誰かにご馳走してもらうことが、私のエンジンです。 共感できたら、背中を押してください。いただいた温もりで、また書きます。