【人生について語る⑤】/でうくの生きる道《完結》
こんにちは。
「急激に変化する現実と自己の折り合いをつける」―――Mystic Pioneer(ミスティック・パイオニア)―――DEUKUです。
記事を作成しながら人生を振り返り、意外にも治安が悪い中を逞しく生きていたのだなぁと実感したでうく。あと、人生の早期で既にいろいろやらかしている。
では、でうくはこれからどうやって生きていけばよいのでしょう。
今回は、アイデンティティの再定義と今後の人生指針を打ち立てていきたいと思います。
このテーマで語りたいこと
“育ち”によって生じる心の病、人に対する思いなど
恋愛・結婚・家庭に対する考え方
大人になって解決したこと、なおも影響するもの

6. “楽に”生きやすくなったのは2~3年前から
人生、傷ついてきた思いもあるが、同じ数だけ他人を傷つけてもいることも実感したでうく。また、やはり要所では父も母も助けてくれたことも確認できた。
そして、でうくはもう親の世代でもある。子どものことを第一に考える、立派な親をしている同級生もいる中で、でうくはまだ大人にさえなりきれない。まだまだ、自分のことばかり・・・・・・
○ 「自分を守りながら他人の役に立つ」ことの難しさ
いい加減言語化しようと思いますが、でうくはどうにも“セルフネグレクト”気味です。ここ2~3年は“不精”で済むようになってきていますが、根本は恐らく変わっていません。
仕事で見せる顔とプライベートが全く異なる類です。というか、休日も基本仕事に関連することを考えています。
ただ、休みは欲しいです。仕事から離れることで降ってくるアイデアもあるから。
まさに今回の記事まとめなどがそうです。
あと、好奇心が勝るというのもありますが、結局のところ生き急ぎがちだし捨て身になりがち。今を乗り切るためにわたしが動くのでその後はよろしくというタイプです。根底には、未来を考えることの面倒さや自分が未来永劫にわたって必要な場面はないという考えがあるからですかね。
わたしが必要とされるのは“今、この時限り”なのだと。
これについては元の上司からも「自己犠牲なんて何にも評価されることではないんだからな」とお叱りを受けることがありました。
そう言われるのが悲劇のヒロインみたいで非常に嫌でしたが、耳をやられた今ではもうなんだか否定しても仕方ないなという心境です。
わたしは“特定の”誰かを好きになれるのではなく、“みんなが好き”というよくわからない指向をもつ人間なので、満たされることはなく繰り返すのでしょうね。
こういう人は、自己肯定感や自尊心、自己価値が低いのだという。
意外ですね、わたし、自分のことを自信満々だと思っていましたが(爆)
○ 自分を見失うことは「ない」
母との繋がりの強さから、自他境界が曖昧になりがちな生き方をしてきましたが、よく考えてみるとでうく自身は境界はしっかり引いていたような気がします。
他人の気持ちに引っ張られることはまずありません。
どんなに相手に共感してもその人に代わることはできないことを知っているからこそ、感情を合わせたり慰めの声をかけることが苦手でした。それ故に「意地悪」「冷たい」と思われていたのかもしれません。
でうく自身は失うものも大して多くなく、失った経験も多くないので自分がどのような気持ちや反応になるのかは想像しづらいところがありますが、やはりそこでも“もうひとりの自分”(ホゴシャ)が出てくるのではないでしょうかね。
忘れたいことなど山ほどあり、意識を手放したいときも、狂いたいときもたくさんあったけど、強迫のときといい聴覚のときといい、自分が壊れるときは自らの意識を強固に保ったまま自身が壊れていく感覚を直視するタイプなのだとわかったので、その恐怖に打ち勝てない限り完全な無理をする人間ではないなと感じるのでした。
最近気づいたことではあるのですが、実は記憶力は結構良いタイプなのかもしれません。暗記力で乗り切った過去はこれまでいくつかあったなという認識はあったのですけど、過ぎたこと、特に子どもの頃のことについては薄もやがかかったようにぼんやりとしている時期が長くありました。思い出の作り甲斐がないと言われたこともありましたが・・・今なら割とはっきりと思い出せる。
それは、カウンセリングを体験する中で言語化の練習を繰り返した、という効果も大きいのかもしれません。
結局、忘れることができず、言語化することもできなかったから、意味を理解できない体が誤作動を起こしていく。
言語化すると必然的に気持ちや感情を自覚することになるため、また違った苦しみと向き合うことになりますが、どう転んでも苦しみを感じる状況があるのなら、苦しみの種類を変えた方が飽きが来ない人生になる気がする。
昔は自身の気持ちや感情を受け止めることができませんでした。そう考える、感じる自分を醜い存在に感じていたのです。母もわたしのそういった側面を嫌っていました。
でも、今は当時の自分について、理というものを非常によく理解していたのだと思います。理屈というよりも、本能的に。
醜く感じたのは、生きることに対してあからさまに貪欲、本能が剥き出しだったからで、それが母の目には動物のように映り、言ったところでわからないといった解釈に結びついたのかもしれません。
最近は、SNSなどで幼い子どもにも立派に性欲はあるだとか、残酷な一面があるだとか騒がれていますが、あって然るべきだと思わなくもない。子どもだって生き残るのに必死なはずです。物心つかないうちは、特に本能に忠実でしょう。
かわいい皮を被ったそんなかれらに大人が嫌悪感を抱くのもまた然り。生き残ろうとするエネルギーは子どもの方が強いでしょうから、脅かされる気にもなりますよね。
話は逸れましたが、それだけ生きることをシビアに捉えているので、自分を見失うことはないのだろうなと思います。
○ 「ドーパミン過多人間」なりの生き方
セルフネグレクト気味の自分と生きることに貪欲な自分という真逆の方向性を併せ持つでうく。正直、その均衡を保つのに日々エネルギーを費やし、疲弊している感があります。
体は生きたがっているが心はそれほど・・・別に・・・という感じ。言い換えると、体のエネルギーに心のエネルギーがついていっていない感じですね。
これは他人に相談してもどうしようもないというか。自分自身で折り合いをつけないといけないこと。
以前はその乖離がもっと強く、操縦桿が振り回されている感覚や、これが幻覚というやつか・・・というものが見えたこともあったので、もともとドーパミン過多気味な体質なのかもしれません。強迫性障害の発症はドーパミンの過剰分泌が原因という説もあるようですし。
その頃と比べると、今は断然生きやすいですが、自分で思っていたほど自分のことを好きではなかったことにも気づいたので、何のために生きているのか少し迷走気味でもあります。
ドーパミン過多気味の体質であることをなんとなく感じてからは、いくつかの口ぐせを作って急場を凌ぐようにしています。
それは
「これだから飽きない」
「面白いことになってきた」
「生きているからまぁ、どうにかなったんでしょう」
仕事というものはそもそも他人を第一にしてこそ対価を得るものと心得ていますが、それにしても自分をなおざりにしなければならない状況が多いです。多少の不服感はありますが、まぁ、誰かがやらなければならないこと。
会社という組織体で動くからには、誰かが割を食う役割になるのは仕方のないことです。
大切なものも特になく身軽で、自分のこともあんまり好きではないわたしとは相性がいいかもしれませんけどね。
ただ、それにしてもイレギュラー事態ばかり降ってくるので、もはやゲーム感覚で臨まなければ心身を保てません。
以前は、一つ一つを生真面目に受け止めていたのでダメージも大きかったのですが、やらかすときはどんなに真面目な姿勢でいてもやらかすし、人の命にかかわるような仕事をしているわけでもないので、再挑戦や挽回の仕方を知っていればいいかと考えるようになりました。
もともと暗示にかかりやすいタイプなのもあってか、これらの言葉の言い聞かせはわたしにはけっこう効きますね・・・
ドーパミンが多いと、何かに「のめり込みやすくなる」、つまり、特定のモノや人への執着・依存が強くなるのだという。
お酒やギャンブルへの依存が身近なところだと有名ですが、わたしも全く例に漏れず、お酒で意識を飛ばす遊びやたまたま出てきたものに運命を感じる遊びが好きです。
アルコールに弱く大して飲めないことが大きな救いです。飲めたらそれこそ依存症まっしぐらだったでしょう。あと、強迫の自己治療の名残か上限を定めるクセがついているのも幸いだったと思います。他のことに意識が向くとお酒に見向きもしなくなることにも最近気づいたので、まだ健全な範囲かと安心もしました(笑)
心を許した相手には寄りかかってしまう自覚もあるので、寄りかかりたくなるときほど本を貪ります。本の知識が過去の自分を救ってくれたという成功体験があるからかもしれません。反対に、他人に寄りかかられることがどれほど重い負担になるかを理解しているつもりでもいるので、人とはできる限りドライに接するよう努めてもいます。そういう意味では、安易に心を許さないようにしているというか。
人間嫌いなのではなく、自分というノイズでかき回したくないなぁという。それはやはり、この経験からきているのですかね。
そういえば最近、後輩から「われわれの仕事は孤独で寂しい」と呟かれたことがありました。わたしは実は「・・・そう意識したことはなかったわ・・・」のですが、確かに孤独です。特に、独身者ならある日姿を消していても、誰も気づかず数ヶ月平気で経ちそうな空気はあります。
これまでの人生の方が孤独感が強かったので、全然気づかなかったな。人と言葉を通わせ思いを確認するだけで、それが誰に向けたものであっても孤独感は薄まります。人間として話せている。そんな思いがあるのでしょうね。
○ “楽に”生きやすくなったのは2~3年前から
現在の生き方に全く孤独を感じていないわけではありません。
精神的な波もなくなったわけではない。昨年(2024年)は久々に本格的なうつも引き込みました。これからは更年期が訪れるので、一生もののお付き合いになることは免れないでしょう。
それでも、少しずつですが緩やかに、生きやすくなってきている気がします。
きっかけは、体幹を鍛えるために丹田に力を入れるようにしたこと、夢に幼なじみが出てこなくなったことです。
体幹については、鍛えることで地に足を踏みしめているような感覚になり、腹から声が出るようになってそれが自信に繋がることに気づきました。
夢については、見なくなってから、自分がこれまで罪悪感をもって生きていたことに気づきました。
当時の自分のやらかしもありましたし、もともと気持ちは積極的に生きていたいわけではなかったので、生きていていいのか、呼ばれているのかと思っていたようです。
その感覚が小中学生のときからずっと続いていたので、逆に気づかなかったのでした。
その2つと、仕事を通じて人生を生き直せたことがあって、この世界を生きていていいということなのかとようやく思えた感じがします。
やはり生きてきた道筋的に、どうしても、ある日突然、知人が何を言っているのかわからない違う世界へ旅立ってしまうことも多かったものですから。
わたしも大概何を言っているのかわからない類の人間だったかと思いますが、戻ってこられたのかそれともとどまることができたのか、ようやく心がこちら側に落ち着いた、という気がしました。
心が落ち着くと落ち着いた言葉を遣えるようになるので、他者とのコミュニケーションもいくらか通ずるようになったと感じます。
だから、孤独感も薄いし生きやすくなったのかもしれませんね。
7. まとめに
でうくが大人になって解決したこと、なおも影響するものはこれらの要素かなと考えています。
○ 大人になって解決したこと
愛着やパーソナリティ的問題もかなり改善してきている
自身の役回りや適性が見えてきた
生きていてもいい人間なのかもと思えてきた
○ 大人になっても影響するもの
自分自身を後回し、というか自暴自棄になりがち
人は好きだけど愛せない、自分のことも好きではない
8. でうくとは何者か?
これだけ自身のことを語ってきて、未だにアイデンティティを定めることの難しさを感じますが、一言でいえば「人が人としての社会生活を営むことに憧れを抱く者」なのだろうと思います。
人が人をごく自然に愛して、育て合い、思いやる関係。
わたしは愛に理屈が必要な人間なので、人間の温かな情を当たり前に持っている人たちの表情は曇らないでほしいと思っています。有事でない限り、大抵の人は温かな心を持っていると思うので、そうならないために何であればできるのか。境界線を保ちながら。
この気持ちは、恐らく4~5歳までの穏やかだった頃の感覚を取り戻したいのだろうなとこの記事を書きながら感じました。・・・ふふ、執着するね。
9. でうくはどう生きるか
今後の人生指針の話になりますけれども、上記の“願い”を叶えるための方法は「仕事を続けていくこと」では?との結論に至ったのが今年(2025年)の4月でした。それ以外の人生設計は特にありませんが、自分のことを大して好きでもないのに自分のために生きると言っても心に響かないわけだよなぁと感じているところです。
そして「やりたいことをやる」ことと「自分のことを好きである」ことは別問題。別に自分を好きでなくてもやりたいことがはっきりしていれば行動はできるしね。
所詮は全てが自己満足ですから。
今時は仕事人間もなかなか流行らず前時代的だとは思いますが、他にやることもないし、社会の構成員として、家事や育児などわたしには難しいことをしている人たちの何かしらの役には立たねばな、わたしがやれそうなことは何かな、と考えたときに思い浮かぶのが、結局は仕事でした。好きなことを仕事にしているので、全然いいのだけれどね。
『30年以上前にもらった安心感を守りたい』
そのためにわたしは仕事をしている。
これは、今回のnoteで初めて自覚したことなので、特に大切に胸に刻んでおきたいと思います。
以上で、人生シリーズの記事は終了となります。
長文の中、最後まで読んでくださってありがとうございました!
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