死ぬまでに観たい世界遺産映画101《第1章:日本編》
第1章:日本編
1.二十四時間の情事(Hiroshima mon amour、アラン・レネ、1959)|原爆ドーム(広島平和記念碑)
『夜と霧』にてナチス・ドイツがアウシュヴィッツ収容所でユダヤ人を虐殺したホロコーストを告発したアラン・レネ監督は、広島と原爆に関するドキュメンタリーを制作していた。原爆投下当時の映像と広島平和記念資料館、復興しつつある広島の映像を用いて映画を作る過程で長編劇映画へシフトしていきました。小説家マルグリット・デュラスによる詩的脚本とアラン・レネが得意とする記憶の表象によって、戦争の痛ましさにおける心理的距離感を見事に表現している。
広島へ反戦映画のロケにやってきた女優が日本人男性と親密な関係となる。「原水爆禁止世界大会」を再現するフィクショナルな世界と原爆の残痕が地繋がりとなる現実の広島を歩む彼女だが、当事者になり切れない心の遠さがある。それは日本人男性との情事、閉じた世界での対話でもって表象されていく。
では、当事者ではない存在がいかにして他国の凄惨な事象を自分のことのように捉えることができるのだろうか。映画は記憶の想起と結びつきで表現している。冒頭で広島平和記念資料館や原爆ドーム、原爆死没者慰霊碑とした記憶を想起させる空間から、原爆投下時の凄惨なイメージが呼び出される。女優は日本人男性との肉体関係・対話を通じて広島の歴史を生きる者と同じ立場になろうとするが、遠さを感じている。そこで彼女は、自分が体験した戦争の悲劇のイメージと紐づけていく。フランスの田舎町ヌベールでドイツ人兵士と愛し合っていたのだが彼は戦死してしまう。原爆によるあまりにも大規模な殺戮、常軌を逸しているが故にフィクショナルに思えてしまうような殺戮に対し、個人的な殺戮を思い出すことによって当事者に寄り添おうとする思考実験が描かれている。この試みは、世界遺産を通じて他の文化の理解を促し国際平和を達成しようとするユネスコの理念をミクロな視点に落とし込んでいるといえる。
ちなみに、原爆ドームは人類史上の出来事に関する遺産に認められる登録基準(vi)のみで世界遺産に登録されています。通常、登録基準(vi)は他の基準と併用して登録することが原則なのですが、ゴレ島やアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所などといったいわゆる「負の遺産」はこのような登録をされることがあります。しかし本来、歴史的事件がなければその建造物そのものには価値がないとして登録されなかったであろう遺産を出来事のみで登録することには慎重になるべきといった意見もあった。原爆ドームはICOMOSから歴史的側面や建造物そのものに関しては世界遺産としての価値が認められないが、世界平和を目指す記念碑として重要であるとして例外的に世界遺産に登録されています。
2.グランドツアー(Grand Tour、ミゲル・ゴメス、2024)|白川郷
ポルトガル出身の監督ミゲル・ゴメスは、世界各地を巡る映画を撮影している際にコロナ禍に巻き込まれ難局を迎えた。『ツガチハ日記』を挟みつつようやく完成した『グランドツアー』は第77回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。そんな本作は、刹那に挿入される世界遺産を通じてオリエンタリズム的消費を批判しているように思える。
イギリス外交官のエドワードはヤングーンに婚約者が来ると知り、現実逃避するがごとくシンガポール、タイ、日本、中国と逃亡していく。タイトルにもなっている「グランドツアー」とは、17~18世紀にかけてイギリスの富裕層の間で流行したヨーロッパ旅行を示している。机上だけでなく、実際に生の世界を目の当たりにすることで教養を深める役割を果たしていった。産業が発展していき、人類に余暇が生まれたことにより「旅行」が大衆的なものとなる。旅行は現実世界から逃れ、「匿名的存在」として異なる世界に紛れる経験となっています。本作では現実逃避としての旅行とオリエンタリズムを絡めている。
エドワードの逃避行は、地理的逃避だけでなく時空間を超えるものとなっている。1910年代の話にもかかわらず道頓堀にある驚安の殿堂 ドン・キホーテがカラーで映し出されたりする。グランドツアーにおける教養的文化の摂取は、時空間をごちゃ混ぜにして自分の中に取り入れることであり、本作では旅において眼前に広がる光景は異なる時間が多層的に積み重なったものであると定義した上で現実逃避と結びつけている。
ここで楽山大仏などといった世界遺産が登場するが、その地の歴史性が掘り下げられず表層的に並べられている。同様にカンフー、影絵などといったアジアのモチーフが次々と映画の中で挿入されて消費されていく。『グランドツアー』が興味深いのは、世界遺産のような不動産レベルから文化といった無形のものまで等価かつ刹那に表面的な形で並べられていく点にあります。
日本からは、白川郷が一瞬だけ登場する。現在、白川郷はオーバーツーリズムが問題となっており、500人が住む村に200万人を超える観光客が押し寄せ、渋滞やごみ問題などが発生している。しかし、本作では閑散とした古き良き伝統的日本家屋が情緒的な温泉、雪、猿のイメージと共に映し出されるだけとなっている。現実逃避のために他の文化へ飛び込み、そして深く知る前にずらかる。そうした消費的態度をイメージのパッチワークでもって批判的に描いた作品といえよう。
3.この天の虹(木下惠介、1958)|官営八幡製鐵所
明治維新後、産業近代化に伴う鋼鉄の生産が急務となった。日本の鉄鋼需要の構造と似ていたドイツの技術を導入することとなり、グーテホフヌンクスヒュッテ社の設計と施工により筑豊炭田近くに官営八幡製鐵所が建設された。1910年には国内の90%以上もの鋼材生産量を誇った八幡製鐵所は、2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成遺産のひとつとして世界遺産に登録されました。しかし、世界遺産となっている八幡製鐵所関連施設は日本製鉄の敷地内にあるため、一般には公開されておらず、展望スペースから旧本事務所が眺望できるに留まっている。また、脱炭素に向けて2030年を目途に高炉を休止する予定となっています。
八幡製鐵所に興味を持てども、なかなか深く知ることのできない内部事情を扱った作品がある。それが『この天の虹』です。本作は『二十四の瞳』や『楢山節考』で知られる巨匠・木下惠介が松竹で撮った作品であり、八幡製鐵所のPRに近い内容となっている。
冒頭10分は工場ドキュメンタリーとなっており、溶けた銑鉄が工場内に張り巡らされた輸送機関にて分塊工場や軌条工場へと運ばれていき加工されていく様子が解説されていく。ダイナミックで活気づいた生産活動によって国内だけでなくビルマなどといった諸外国にレールが輸出されていく。高度経済成長期に突入しつつある日本の勢いがスクリーンから滾り、空を覆う煙は環境汚染といったネガティブな印象よりも明るい未来の象徴として映し出されていた。木下惠介は社会に対して批判的な眼差しを向ける監督なため、八幡製鐵所の良い面だけを取り上げているだけではないものの、システムに飲み込まれてしまう人間像を問題視するに留まっている点が興味深い。
映画は工場だけでなく労働を支える基盤としての社宅や会社の文化に目を向けている。建設途中の穴生アパートは完成すれば製鐵所で働く50%もの世帯数が入居できると謳っている。14ヶ所ある購買部は、まるでコストコを彷彿とさせる巨大倉庫から労働者を支える妻たちが食材を買っていく姿が映し出される。いずれも、男たちが汗水垂らし毎日汚れて帰ってくるような工場のイメージに対しモダンで洗練された側面をアピールしようとしているように思える。ホールで行われる芸能祭では八幡製鉄管弦樂団による演奏が披露されている。
『この天の虹』が興味深いのは、高度経済成長期前夜のユートピアとも思える企業都市を前に、入社できなかった作業員の息子の話と恋人がブラジルへ派遣されるため街を出ていく秘書課の女性の話を中心としている点にある。このバランスにより人間臭いリアルな八幡製鐵所の生活を垣間観ることができるのです。
4.遠い一本の道(左幸子、1977)|軍艦島(端島)
『幕末太陽傳』おそめ役を演じた女優・左幸子が唯一監督した『遠い一本の道』は、国鉄労働組合と共に制作した「生産性向上運動(マル生運動)」を巡る物語となっています。
生産性向上のため、大規模に組織が再編されていく。新しい機械が導入され、効率よく線路の整備が行われていく。映画は実際の労働現場を挿入することで、泥臭いチームワークの末にインフラが整備される轍を魅せていく。一方で、経営の合理化は労働者の給料を最適化することにもつながり、割りを食うこととなる。また、属人的な業務が消滅し、職人としての誇りを失う労働者も現れる。生き残りをかけて昇進試験の勉強をする、国鉄労働者の妻は新しく仕事を始める。だが、生活は苦しくなる一方。「反マル生闘争」は、合理化によって苦しむ労働者の抵抗として盛り上がっていく。
半世紀近く前の作品であるが、AIの到来によって実存の危機に立たされている現代人にとって他人事でない物語がここにありました。興味深いのは、現代日本の感覚からは今や出てこない労働組合による激しい闘争にフォーカスが当たっている点にあります。確かに今からすればジェンダーの観点に問題があり家庭内暴力が日常的なものとして映し出されているものの、問題に対し連帯する重要な姿勢があります。現代日本の場合、構造的に革命が起こせないことを悟り諦観しているため、欧米以上に個人主義が強い。もちろん連帯がないわけではなく、構造の脆弱性を仲間内で共有し、パッチが当てられる前に利益を確保しようとする連帯はあったりする。どちらが良いか悪いかは抜きにして、合理化を前にした実存の危機と対峙した労働者がどのように動くべきかを考えさせられる。
そんな『遠い一本の道』ですが、終盤に世界遺産である軍艦島(端島)が面白い使われ方をしている。保線職員・市蔵は娘の結婚式のために長崎へ渡る。そして軍艦島の廃墟を訪れるのだが、映画は時間をかけて様々な角度から廃墟をフレームに収めていく。北海道の鉄道の話にもかかわらず、ラストに炭坑である軍艦島へフォーカスを当てている。誰しもが妙だと思う場面なのでだが、これこそが左幸子監督による渾身の演出となっている。まず、長崎へ向かう流れを整理する。インフラを整備してきた市蔵が、新幹線に乗って長崎へ着く。そして軍艦島を訪れる。ここに3つの時制が存在する。現在進行形でインフラを整備してきた者は未来的存在である新幹線に乗る。我々が新幹線に乗る時、こうしたインフラ整備に関わってきた者の轍を気にすることはない。そうした労働者の轍の象徴として過去的空間である軍艦島の廃墟が映し出されているのです。1890年代に炭坑として発展し、日本産業を支えるインフラとして栄えた。最盛期には5,000人以上がこの島へ住み、労働に従事していたが、エネルギー革命により石炭の需要が減少する中で衰退。そして廃墟となった。左幸子は、「反マル生闘争」における労働者の運動をある種の記憶の場として遺すべく、軍艦島のイメージと交差させたといえよう。
5.影武者(黒澤明、1980)|姫路城
巨匠・黒澤明がフランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカスと共に創り上げた歴史スペクタクル『影武者』は、カンヌ国際映画祭でボブ・フォッシー『オール・ザット・ジャズ』と共に最高賞パルム・ドールを受賞した。
本作は、姫路城でロケが行われています。姫路城は1993年に日本で初めて認定された世界遺産のひとつ。14世紀、播磨国守護である赤松則村の息子である赤松貞範が姫山に姫路城を建てた。後に黒田重隆、羽柴秀吉が城郭を拡張させながら複雑な要塞を形成していきました。姫路城は、建築様式の歴史を語る上で重要なポイントとして認められる登録基準(iv)で世界遺産に認定されているだけに、歴史劇の中では他の城の代わりに使用されることが多い。本作の場合、狙撃された武田信玄の現場検証を行う場面で姫路城が使用されている。この場面では日本の城における狭間の扱いを学ぶことができます。壁に空けられた三角や四角といった穴は、奥に行くにしたがって狭くなっている。これは狙撃や監視をする上で有効な構造となっています。城の内側からは敵が狙いやすい一方で、城外からは穴が小さく狙撃しても人を射抜きにくい仕組みとなっています。映画では雑兵が銃を構え、発砲。木を撃ち抜く様が描かれています。
『影武者』は、武田信玄に瓜二つなことから影武者に仕立て上げられた盗人の壮絶な人生が描かれている。冒頭、長回しで武田信玄と弟・信廉、そして盗人が鎮座して対話をする。ロングショットで撮られているため、三者の見分けがつかない。映画は個人間の類似性と重ねるように軍隊という群れの中で個の存在が薄まる様を描いていき、歴史のうねりを表現している。今観ても色褪せることのない群れのショットを次々と提示し、観る者を世界に没入させる。
特にジョン・フォード『捜索者』における馬の行列を前後に配置し奥行きを与える構図の応用例は圧巻のものとなっています。逆光の中、丘の上下に分かれて兵士を配置する。丘の下では、膝から崩れ落ちるように倒れ、力尽きかけている兵士が映し出されている。黒澤明は、戦乱の世で人間をコマのように扱っていく上層部と名もなき者として歴史の中で散っていく者とのグロテスクな関係性を象徴するように倒れる群れを反復して描き、ふたつの領域を繋げる人物として影武者を動かしていく。この力強い描写からはアジア・太平洋戦争時の日本軍の状況や社会組織における力関係といった普遍的問題に対する批判を感じずにはいられない。
6.燃えよ剣(原田眞人、2021)|本願寺(西本願寺)
2025年末に亡くなった原田眞人監督による超大作『燃えよ剣』は、二条城や東寺、本願寺(西本願寺)をはじめとする京都の世界遺産を情熱滾るドラマの舞台装置として魅力的に扱っています。
司馬遼太郎が新選組副長・土方歳三の人生を描いた歴史小説を映画化した本作は、ゲリラのように潜伏しながら奇襲を仕掛け続け《バラガキ》と呼ばれていた青年時代から始まる。岡田准一演じる土方歳三は、黒船の到来、江戸時代の終焉で揺れ動く世界において武士になりたい一心で沖田総司をはじめとする仲間と共に京都へと向かう。
映画評論家出身の原田眞人がメガホンを取っているだけあって、新選組の世界をダイナミックに演出している。映画の序盤では、大勢のキャラクターをカット割らずにシームレスに移動させながら会話の中心となる人物を捉えていくカメラワークで絆を表現している。また、襲撃の場面では、あえてセバスティアン・イラディエルのハバネラ「El arreglito」を用いる。黒澤明由来の対位法を用いて、アクションにメリハリをつけている。また多対多による戦闘は、あえて闘いの全貌を提示することなく行間を与えることによって、土方歳三の動きに感傷的な空気を纏わすことに成功しています。
京都パートでは本願寺の扱いに着目したい。大阪の浄土真宗本願寺派の本山消失に伴い、京都に移設された本願寺は建物と建物を繋ぐ通路、開けた空間が特徴的となっており、歩いているだけで激動の時代を踏みしめているかのような錯覚を抱く。まさしく新選組の拠点に相ふさわしい場所となっています。ここで、沖田総司が山南敬助に攘夷について強く指摘する。山南は階段に腰掛けながら難しい顔をしている。長州藩に加担の動きをみせた西本願寺への懲罰としての移転に対し、京の都で攘夷を忘れた仲間に苛立ちを顕にする。対して「土方さんは攘夷を口にしたことはないです」と沖田は釘を刺す。攘夷を掲げて都に来たにもかかわらず何もできないやるせなさに山南は怒りを剥き出しにする。先の見えない時代だからこそ、現状の選択とありえたかもしれない選択、その差の中で葛藤し、どうすればよいのかを考えていく人間らしさ、急速に変わりゆく時代の流れに飲まれていく前の刹那な熟考の間を盛り上げる空間として本願寺が機能しているといえよう。
新選組はわずか6年ほどしか活動していなかったものの、日本の歴史に大きく名を残した。そのロマンが溢れる映画が『燃えよ剣』なのです。
7.金閣寺(高林陽一、1976)|鹿苑寺(金閣寺)
1397年に足利義満が譲り受け改築した鹿苑寺は、公家文化、武家文化、そして仏教文化が調和し全面に金箔が張り巡らされている。その様から通称《金閣寺》と呼ばれた。大きな池を中心とする池泉回遊式庭園に鎮座する鹿苑寺。その光沢を水面に反射し生み出される非日常的な美しさは人々を惹きつける。しかし、1950年に鹿苑寺の徒弟僧であった林承賢による放火事件が起こった。そのことは三島由紀夫の小説「金閣寺」で描かれた。本作は何度か映画化されている。一般的に市川崑の『炎上』やポール・シュレイダー『MISHIMA』が有名であるが、ここでは高林陽一が手掛けた『金閣寺』に着目したい。
本作はカラーと白黒を織り交ぜながら林承賢をモデルとした溝口の心象世界を描いていく。寺の中で金閣寺のレプリカをみる。『MISHIMA』と比べるとそのレプリカは地味なものとなっている。これが肝であり、溝口の中でやがて嫉妬や葛藤の対象となり実体とかけ離れた存在として増幅していく様を表現するために、我々がイメージする金閣寺からトーンを下げた雰囲気で描写される。
溝口は意中の女性である有為子に告白しようとするのだが、吃音が災いし失敗に終わる。これがトラウマとなる。人はトラウマを抱えた際に、映像を巻き戻すかのようにトラウマの瞬間を反芻する。本作では白黒でもって振られる瞬間や死のイメージが繰り返されていく。そんな中、有為子が射殺されてしまい、物質的な憎悪の対象が消失してしまう。行き場を失った怒りはミソジニーを増幅させていき他の女性へと向かっていくわけだが、金閣寺のイメージが彼の行為を阻害することとなる。金閣寺こそが自分を不幸に陥れた元凶だと思い、溝口は金閣寺に復讐しようと放火を企む。
本作は暴力的で痛ましい内容であるのだが、人間を狂わせるプロセスをロジカルに描いており興味深い。そして、三島由紀夫の繊細な人間心理描写を見事なまでに映像言語へと翻訳している。美の象徴である有為子は溝口を裏切る。信じるものを失った世界で彼は世界をコントロールしようとする。この時点で有為子はこの世にいない。宗教のような形而上的存在となった彼女に対して、位相を他の女にずらし物質的な支配を試みるのだが、美の象徴かつ彼の人生を縛り付ける呪いのような存在である金閣寺が阻害する。金閣寺は物質でありながら観念のようでもある。物質性なき有為子と比べると干渉することができるため、溝口は放火をすることで呪いから己を解放しようとする。この放火の場面では、確かに現実にいながらもこの世のものとは思えない紫に染まった空となっている。彫像を傷つける。直接、現実に影響を与えつつも溝口は内なる世界と闘う。ユニークな空間の使い方だといえよう。
8.宗方姉妹(小津安二郎、1950)|薬師寺
巨匠・小津安二郎が大佛次郎の同名小説を映画化した『宗方姉妹』では、古都奈良の文化財の構成遺産である薬師寺にユニークな哲学を託している。保守的な姉・節子は、モダンで自由奔放な妹である満里子や失業中の夫・亮助にモヤモヤを抱えながらバーに勤めている。そんな中、節子の父が余命僅かであることを察し、満里子と共に京都を訪れるのだが、節子の初恋相手である田代と再会し心動かされる。映画の中盤で、節子と満里子が価値観をぶつけ合う場面がある。
満里子:お姉さん、自分では古くないと思ってらっしゃるの?
節子:だからあんたに訊いているのよ。
満里子:お姉さん、京都に行ったって、お庭見て歩いたり、お寺回ったり……
節子:それが古いことなの?それがそんなにいけないこと?私は古くならないことが新しいことだと思うのよ。本当に新しいことは、いつまでたっても古くならないことだと思っているのよ。そうじゃん。あんたの新しいこと、去年流行った長いスカート、今年は短くなるってことじゃない。みんなが爪を赤くすれば、自分も赤くしなければ済まないことじゃないの?明日古くなるものだって今日だけ新しく見えたりするけどあんた、それが好き?前島さん、見てご覧なさい。戦争中先に立って特攻隊に飛び込んだ人、今じゃケロッと忘れてダンスや競輪に夢中になっているじゃないの。あれがあんたの言う新しいことなの?
満里子:だって世の中がそうなんだもん。
節子:それがいいことだと思っているの?
節子は歴史や文化の連続性を意識している。なんでも新しいことに飛びつき戦争の痛ましい記憶を忘れてしまったかのように振る舞う現代人に憤りを抱き、古きを重んじること、普遍であることこそが新しいことであると力説する。これは過去、現在、未来、そしてあり得たかもしれない時間軸との間で引き裂かれそうになる節子が自分の行動を正当化するための言葉となっています。節子にとって、満里子はしがらみがない存在として映るため、苛立ちを募らせるのです。一方で、満里子も本心を押し殺したかのように保守的であろうとする節子を想い、自由を促そうと本音をぶつけていく。
ここでふたりが観光する薬師寺が重要となってきます。薬師寺は680年に天武天皇が発願し、718年に平城京へ移設された。創建時から遺されている建物は東塔のみなのだが、これは定期的に修復工事が行われています。
2009年には約110年ぶりの十数年かけて大規模な修復工事が行われました。1300年前と同じ技術を使うわけでも、今の技術で似せるわけでもなく、現存する部品を活かしながら再構築する技術「アナスタイロシス」でもって薬師寺を生まれ変わらせていきました。
節子の性格は根本的には変わらない。過去や周囲の関係性を重んじる保守的な存在でありながらも、本心と向き合い自分の人生を一歩進めていく。そんな彼女の生き様と薬師寺が共鳴するのです。
9.北斎漫画(新藤兼人、1981)|富士山
2013年に世界遺産に登録された富士山は、日本文化を象徴する場所でありながらも世界遺産の道はイバラでありました。まず、富士山は自然遺産のようで文化遺産としての登録となっている点に注目してほしい。富士山の世界遺産登録に関わった小田全宏が書いた「なぜ富士山は世界遺産になったのか」によれば、一度世界遺産登録に失敗しているとのこと。
1978年より戦争や地球温暖化などによって破壊されていく遺産や自然を保護し、世界に文化や自然を伝え国際的に保護していくことが平和につながるとして世界遺産管理の運動が始まる。日本では独自の文化財保護体制や国際法の整備などによりなかなか参加することができなかったが、1992年にユネスコ総会で日本が世界遺産条約を批准したことにより、世界遺産を登録していく流れが生まれた。
最初に何を世界遺産に登録すべきか?
この段階で富士山が候補となっていた。しかし、そもそも諮問機関であるIUCNからは、自然遺産としての価値はないとの勧告を受けていました。
そこで、文化遺産としての登録を目指すこととなります。世界遺産委員会では1993年にトンガリロ国立公園を自然遺産から複合遺産に変更した経緯があった。これは、自然美だけでなくマオリ族の聖地としての側面を評価したものであり、世界で初めて文化的景観が認められました。泰山のように山を中心とした文化や信仰の関係は富士山を取り巻く文化と共通するものがある。そこで富士山を文化遺産として登録しようとするリベンジミッションが始まりました。
世界遺産登録推薦状を作るにあたって以下4つの工程を踏まえる必要がありました。
1.富士山の範囲の決定
2.構成範囲の特定
3.妥当となるエビデンスの収集
4.世界遺産を保護していくための保存管理計画の策定
富士山は範囲が広く、開発が進んでしまっている地域もある。自衛隊の演習場もあり、政治問題に発展する可能性もあった。また、富士五湖を登録しようとした際に河口湖のボート業者が抗議するようになりました。調整に調整を重ねた結果、2012年9月にICOMOSによる調査を実施。ここでは登録時の名称を「富士山」ではなく、「富士山と信仰遺跡群」にするようフィードバックが返ってきました。また、三保松原は富士山から離れているので世界遺産登録に不要ではと提言される。しかし、三保松原は能「羽衣伝説」の舞台でもあり信仰の観点からすると距離は関係ないのではと考え、そのまま世界遺産委員会に持ち込んだ。結果、2013年に晴れて「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産登録が実現したのです。
このような背景があるため、一般的に世界遺産の文脈で富士山が語られる際には信仰や文化の側面が取り上げられます。後者に関しては葛飾北斎について言及される。葛飾北斎と富士山との関係は『北斎漫画』が詳しい。絵の才能はあれども破門と流浪を繰り返していた鉄蔵こと葛飾北斎は、佐七(曲亭馬琴)と喧嘩をし「俺は旅に出る、あっと驚く富士描いてみせてやっからぁ」と家を飛び出し、富士山周辺を巡る。広大な地に聳える富士の絶景と重ねるように「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」と名所浮世絵揃物《富嶽三十六景》の名作を次々と生み出していきます。葛飾北斎の躍動感溢れる富士山は、海を越えフィンセント・ファン・ゴッホやポール・セザンヌをはじめとする印象派画家に影響を与え、ジャポニスム運動が拡大するきっかけのひとつとなりました。映画は日本人浮世絵師のインスピレーションの源としての富士山を大迫力のショットで捉えています。
10.溺れるナイフ(山戸結希、2016)|紀伊山地の霊場と参詣道
ジョージ朝倉の同名少女漫画を映画化した『溺れるナイフ』は、中上健次「火まつり」を彷彿とさせる人間の人工的な営みが自然の中で本能的暴力として現出する様を描きながらも煌めき滾る恋情の渦、つまり少女漫画映画としての風合いで包み込む。
東京でモデルをしている15歳の少女・望月夏芽は父の故郷である浮雲町へ引っ越してくる。芸能界といった浮世離れした世界から離れるように田舎へ期待を抱くも、刺激のない生活にアンニュイな気持ちを抱く。そんな中、神主一族の跡取り息子・長谷川航一朗(コウ)と出会ったことから全てが変わる。粗暴で本能的な彼に惹き込まれていくのである。そして、町で開催される火まつりの日に事件が起きる。
本作は映画版『火まつり』同様、熊野を舞台にしている。モデルという人工的なスペクタクルから逃避しつつもスペクタクル的変化を求めている夏芽は、自然の化身のような存在コウに都会とは異なるスペクタクルを抱く。コウは本能的であり、制御不能な存在。強引なアプローチは暴力的ですらある。都会人が田舎を訪れ、表層的にしか風習を捉えられず退屈してしまう様から深層へ潜り込み融和していくような過程をコウとの関係という位相にずらして描いている点が興味深い。
そしてこの関係性を象徴する舞台装置として熊野那智大社や那智の滝へと繋がる大門坂が使われる。大樹生い茂る空間に融和するように人工的な石段が伸びている。密教や中国の道教をはじめとする様々な宗教の取り入れた修験道の歴史が揺蕩う空間で、ふたりは再会する。人為的な事件によって引き裂かれようともマジックリアリズムによってふたりは再び結びつき、強固な愛を確かめ合うのです。
この地では毎年2月に御燈祭りが開催される。2,000人もの男たちがたいまつを掲げながら石段を降りる。人為的な炎に包まれるスペクタクルでありながら自然と融和していくユニークな祭となっている。本作において感情が揺さぶる場面の後景においてこの火まつりがあり、躍動感ある祝祭の中で夏芽は悲劇的暴力に晒されてしまう。その暴力に対する自然の怒りとしてコウの暴力が現出するのだが、ふたりを引き裂くトリガーとなってしまう。
『溺れるナイフ』を観ると、紀伊山地の霊場と参詣道は人間と自然環境とが交わる場であり、登録基準(v)で世界遺産に認定されているように思えるが、実はこの基準は認められていない。木造宗教建築の歴史的マイルストーンとして登録基準(iv)であったり、神仏習合などの独特の信仰形態として登録基準(vi)が認められていたりします。
11.わたくしどもは。(富名哲也、2023)|佐渡島の金山
2024年7月、佐渡島の金山が世界遺産に登録されました。佐渡島の金山の世界遺産登録は難航したことで知られている。朝鮮半島から連れてきた者を強制労働させていた歴史を巡って中国・韓国から反発を受けており、その調整に追われていたからです。2024年の世界遺産委員会直前にICOMOSから出された勧告も「情報照会」だったため登録への雲行きが怪しかったものの、いざ会期になるとあっさり世界遺産として登録されました。これは近年、諮問機関と世界遺産委員会での認識齟齬の発生や登録可能性の低い遺産に割くコストを削減するために導入されたプレリミナリー・アセスメント(事前評価)の成果ともいえ、ICOMOS勧告を踏まえた調整による世界遺産登録であった。
そんな佐渡島の金山を舞台にした作品があります。2023年に制作され、東京国際映画祭のコンペティション部門で上映された『わたくしどもは。』は、佐渡の今昔を結び付けるユニークな一本となっている。
女は佐渡金山の麓で目覚める。記憶を失っており、何も思い出せない彼女は清掃員のおばちゃんに拾われる。「ミドリ」と名付けられた彼女は清掃をすることで自分が何者であったのかを思い出そうとしていた。そんなある日、猫の気配を追いかけるなかで名もなき男と出会うのであった。
本作は江戸時代に佐渡で重労働を強いられ、国の発展に貢献しながらも名もなき存在として亡くなった無宿人の存在に着想を得て作られています。
磯部欣三「佐渡金山」では、次のように江戸時代の金銀採掘の場における無宿人の扱いが記述されている。
安永七年(一七七八)の七月に、はじめて六十人の無者が、信濃路を経て、佐渡に着いた。一人一人囚人なみに唐丸籠にのせられていた。
島送りの発案者は、勘定奉行の石谷備後守であった。石谷はもと佐渡奉行だった。鉱山の仕法改革で業績をあげたひとだが、計画をゆるしたのは、老中松平輝高だったらしい。有名な田沼意次が、将軍家治のもとで情勢を誇っていた田沼時代に、この島送りが発案される。松平は田沼派に属していて、田沼の重商政策をおしすすめた一人だった。鉱石を掘る大工や穿子は、ある程度熟練した技術がいる。水替なら腕力や体力があれば勤まる。そうしたことで、無宿者は水替人足に使役することがきまった。「二十歳位から三十四、五歳位までの丈夫な者」と、佐渡奉行は条件をつけて、幕府の要請に応じたのである。
このように、18世紀頃から佐渡は流刑地としての役割を担うこととなる。勘定奉行である石谷清昌が、島送りのアイデアを思いつく。佐渡の奉行として鉱山運用の改革で業績をあげた彼は、鉱山労働者の確保案として無宿者に目をつけた。大工や穿子には技術がいるが、水替なら体力さえあれば勤まる。20~30代の丈夫な無宿者を捕らえ、鉱山に送り込むことで労働力としていたのである。これは明治時代まで100年近く続きました。
しかし2025年、実際に佐渡島の金山へ訪れてみると以下のように簡潔な説明となっている。
無宿人(むしゅくにん)
江戸後期の安永7(1778)年から幕末までの約90年間、江戸屋大阪、長崎の無宿者が水替人不足として佐渡金山に送られて来た。記録によるとその数は2000人程とも言われている。
つまり、単なる労働者として佐渡へと渡ったように解釈できるような文章に留まっているのです。北沢浮遊選鉱場もそうだが歴史的事実を都合よく取捨選択しているイメージが強かった。
↑詳細は昨年のレポート「世界遺産検定マイスター Presents 地球の急ぎ方~佐渡島の金山編~」を参照あれ。
映画は詩的でありながら、佐渡の歴史を現代に、それもフィクショナルな物語へ位相をずらすことで普遍的な名もなき者の活動への敬意と弔いを捧げている。世界遺産はどうしても政治的場になる中で、政治としての大文字の歴史から抜けてしまった側面を掬い上げる映画として『わたくしどもは。』は重要といえよう。
12.男はつらいよ 知床慕情(山田洋次、1987)|知床
山田洋次監督の長寿シリーズ映画『男はつらいよ』。毎回、渥美清演じる寅さんが津々浦々、人情、恋情、懇情の旅に乗じる。シリーズ38作目の「知床慕情」は、2005年に自然遺産として登録された知床が舞台となっています。
知床は季節海氷域により海洋生物と陸上生物が関係しあうことで複雑な生態系を形成している。栄養素が豊かな海水がプランクトンを増殖させ、食物連鎖により海と森の生物が結びつく様、絶滅の恐れがある動植物を定めるレッドリストに掲載されているバシクルモン(オショロソウ)やオオワシなどといった希少種の生息地であり、生物多様性を保護する観点から重要な場所となっているため、登録基準(ix)(x)が認められています。
一般的に知床といえば氷海のイメージが強いが、本作では緑生い茂る側面が強調して描かれています。映画はまず寅さんの帰郷からはじまる。車竜造が肺炎で入院しており、団子屋「とらや」は休業していた。寅さんが帰ってきたことで一度は開業することとなるのだが、まともに接客ができない寅さんを前に廃業すべきか否かといった議論がなされ、居心地の悪くなった彼は家を飛び出してしまう。そんな彼は、北海道へと流れつき、獣医である上野順吉の家に居候することとなる。そして、東京から戻ってきた順吉の娘・りん子や居酒屋の仲間たちと親密な関係になる。
映画を観ていると、斜里駅にて「知床の自然を守る会」といった看板を乗せた車を目撃する。知床は世界遺産になる前からナショナル・トラスト運動が盛んに行われていました。1970年代、乱開発により知床の自然が破壊される危機に瀕していました。そこで1977年に離農地を買い取り土地を保護していく「しれとこ100平方メートル運動」が始まりました。この運動は北海道斜里町で始まっているため山田洋次監督は「しれとこ100平方メートル運動」の活動を全国に紹介しようとしていたことがうかがえます。この場面が面白いのは、我々がイメージする環境活動家のような過激さに反して牧歌的なところにあります。「元々はりん子ちゃんの純潔を守る会だったんだけれど」と照れながらマコトは語る。観光地を走り、ティッシュをポイ捨てしそうな人を見つけたらやんわり注意する。これだけでも立派な環境活動であると示す。かと思えば野原で仲間たちとバーベキュー・パーティーをしたりする。一貫して市井の生活に眼差しを向け続ける山田洋次ならではの視点だといえよう。
13.十五才 学校IV(山田洋次、2000)|屋久島
長寿映画シリーズ『男はつらいよ』は1989年の「ぼくの伯父さん」以降、吉岡秀隆演じる甥の満男を主軸とした物語となっている。家族や周囲との関係にやさぐれた満男が寅さんとの行動を通じて成長していくのだが、山田洋次は『男はつらいよ』のフレームを外し、自由に迷える子どもの冒険と成長を描きたかったのかもしれない。
彼は1993年から制作した『学校』シリーズにおいて、夜間学校や高等養護学校、職業訓練校と特殊な環境の生徒にフォーカスを当てていました。シリーズ最終章にあたる『十五才 学校IV』では、ついに学校の枠組みを取っ払い、不登校の少年が家出し、道中での人間関係を学びの師としている。90年代に文部省は「不登校」を定義し学校や社会が一体となって支援していく方法を模索していた時期であった。ICTが活用される直前の時代に制作された『十五才 学校IV』では、道を通じた若者と社会との親密さに重きを置いています。
映画は不登校の中学生・川島大介が家出するところから始まる。ヒッチハイクでひたすら西を目指していく大介。時にトラックのおじさんに説教され不貞腐れるも、屋久島の縄文杉に触れたい一心で旅を続けていく。SNSなどない時代。インスタントに繋がる連絡手段は電話のみ。時折、家族へ連絡しながらも冒険を続ける。
屋久島は鹿児島から南方60kmにある花崗岩が貫入してできた島。樹齢1000年を超えるヤクスギや天然記念物のアカヒゲなどといった独自の生態系がみられる。また、ヤクスギが形成する美しい景観が特徴となっており、登録基準(ⅶ)(ⅸ)が認められ1993年に世界遺産に登録されました。
大介が目指す縄文杉は樹齢2170年から7200年といわれており屋久島最深部にある。縄文杉に触れるには、荒川登山口から約22kmにもおよぶ長い道のりを歩かなければならない。東京から鹿児島へ車を乗り継いでいくだけでも果てしないのだが、屋久島からも非常に長い旅路となっています。大介はずっとムスッとした顔で、やさぐれており、屋久島でのトレッキングも内向的な旅となる。ただ、人類などちっぽけな存在に感じるほどの豊かで複雑な自然の轍を全身で受け止めることで、家そして学校へ戻った際に少しだけ前を向くようになる。監督は、人間の性格は大きく変化することはないのだが、出来事を通じて少しだけ人生の軌道修正をする、それこそがリアルな人間であることを一貫して描いてきた。『十五才 学校IV』も悩める生徒の大きな冒険と少しの成長に温かいエールを送っているといえよう。
14.プラネティスト(豊田利晃、2018)|小笠原諸島
東京、竹芝桟橋から船で24時間、日本列島から南方1,000km離れたところにある小笠原諸島は、作家のジャック・ロンドンが若い頃、アザラシ漁の船員として父島を訪れ「最後の楽園だ」と書いたことで知られている。
大陸と一度も陸続きになったことがなく、地殻プレートの隆起沈降による海洋性島弧のプロセスで独自の生態系が形成されている。生物たちが、環境に適応し生理的あるいは形態的に分化していったため、陸産貝類の約95%が固有種となっております。そのため、2011年に動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す登録基準(ⅸ)が認められ、世界遺産に登録されました。『青い春』や『空中庭園』で知られている豊田利晃監督は小笠原諸島に魅せられ、4年の歳月をかけて島の自然と人間との結びつきに密着した。
映画は島の案内人である宮川典継へ迫る。御年65歳である彼は伊豆大島で生まれた。硫黄島出身である両親を持ち、1968年のアメリカによる領土返還後、父島に移り住みました。島で初のサーファーとなりサーフポイントを開拓していく。やがてホエールウォッチングの船頭となり、クジラ観光を島にもたらしていきました。また、山の中で緑色に光る「グリーンぺぺ」の命名者となる。彼は島の自然を愛し、人間との接点を作り続けて来た人物といえます。
そこへディジュリドゥ奏者で画家のGOMAがやってくる。彼は事故で外傷性脳損傷を患い、一時期はディジュリドゥが楽器であることも忘れてしまう経験をしている。今でも事故以前のことがイマイチ分からないと語る彼。医者からは「身体に記憶は残っている」と言われており、失われた記憶を取り戻すべく小笠原の自然の中でディジュリドゥを奏でていく。
映画は200年前にペリーがこの地を探検したルートを辿っていく。1853年に、ペリーは日本語の無人島から「Bonin Islands(ボニン・アイランズ)」と命名しました。撮影クルーはサーフボードを筏のようにして、島の深部へ潜っていく。そして、常世ノ滝へと辿り着く。陽光が岩と水に反射し神秘的な輝きを魅せる。「常世」と呼ばれるのも納得なこの世のものとは思えぬ美しき場所であることがわかる。そんな常世ノ滝の滝壺には水生生物の絶滅危惧種であるオガサワラヨシノボリが生息している。
『プラネティスト』は、小笠原諸島が人間にインスピレーションを与え自然と共生する楽園であることを余すことなく捉えていったドキュメンタリーなのです。
15.もののけ姫(宮﨑駿、1997)|白神山地
スタジオジブリの不朽の名作『もののけ姫』は制作時に白神山地を参考にしたと公表しています。1993年に屋久島、法隆寺地域の仏教建造物、姫路城と共に日本初の世界遺産として登録された白神山地は東アジア最大級のブナ林地帯として知られています。激しい隆起によって形成される複雑な地形によって手つかずな自然が多く残されており、ブナだけでなくニホンカモシカやクマゲラなどといった希少種が生息しています。そのため、動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す登録基準(ⅸ)で世界遺産に登録されています。
現在、白神山地は森林生態系保護地域が定義されており、青森県側の特定のルートしか入山することができない。また、入山するにも許可が必要です。一方で、1970年代の白神山地は環境破壊の危機に瀕していました。高度経済成長期により木材の需要が高まり、樹木を運び出すために青森県と秋田県を繋ぐ青秋林道の計画が立ち上がったのです。自然保護のための建設反対運動が功を奏し、1990年に建設が中止となりました。
先述の『男はつらいよ 知床慕情』における「しれとこ100平方メートル運動」との関係性同様、80~90年代の日本映画では環境破壊における市民活動を映画に盛り込むケースがみられます。
『もののけ姫』は、室町時代を舞台にエミシの村に住む青年アシタカがタタリ神の呪いを解く方法を探しに冒険の旅に出る内容となっています。宮﨑駿が本作で議論する自然と人間との関係性はマルティン・ハイデッガー「集-立(Ge-stell)」の理論に近いものがありました。ハイデッガーは「技術への問い」の中で人間が自然をコントロールするメカニズムを分析している。雨を溜めて貯水湖を作ったり、崖を利用してダムを作る。人間は、自然をコントロールすることでエネルギーを集めて活用しました。そうした時に、川などといった自然は、自然ではなくプロセスの一部となり、「川」や「崖」といった側面が隠されてしまう。人間は自然を制御し蓄えることで発展していったが、産業革命以降、その概念は人間にも適用され人間をエネルギーの一部と見做し蓄えるようになりました。存在しているものを消費することで自然をコントロールする主人となるのです。消費される側となってしまった者は、自分という存在を隠されてしまう。ハイデッガーはこれを「存在から見放されていること」と表現した。
『もののけ姫』は人間が自然を制御しようとする業を描いている。自然は制御できないが故に恐ろしい。冒頭、不気味に荒れ狂うタタリ神が人々に襲い掛かる。人々は砦を築き、火や道具、技術でもって自然の恐怖を克服しようとするのだが、それは自然を破壊することでもある。また、自然を制御しようとすればするほど人間の欲望も増幅され破壊は大きく進んでいく。映画はこのような人間の果報として得体の知れない厄災を描いていく。また、タタリ神の呪いを受けたアシタカは、人間と自然との暴力的な関係性を象徴するキャラクターとなっています。タタリ神の呪いは強大な力をアシタカに与える一方で、それは強烈な加害性を孕む。アシタカはこの力が暴走しないように制御しようとし葛藤していく。暴走する力の気持ち悪さは、本作における人間対自然といったマクロな関係性をミクロに落とし込んだものとなっています。

※筆者撮影(2026年)

コダマが出現しそうな場所
※筆者撮影(2026年)

※筆者撮影(2026年)

※筆者撮影(2026年)
『もののけ姫』を観た直後、世界遺産登録範囲から少し外れるのだが十二湖を訪れた。自然を自然な状態で保護しているため、大雨なので倒木してもそのままになっている。池に横たわっている木からはコケが生い茂っており、コダマが出現しそうな趣がある。トレッキングをしていると青池にたどり着く。水深9mもある池なのだが、サファイアに透き通っており底に沈む根が豊かな自然世界を生み出している。『もののけ姫』の終盤、厄災から逃れるように水中移動するシーンを連想させられる。このような自然を目の当たりにすると人間は自然に歩み寄らないといけないと思わせられるのです。
16.縄文にハマる人々(山岡信貴、2018)|北海道・北東北の縄文遺跡群
紀元前1万3000年から前400年にかけて北海道・北東北にて農耕文化以前の暮らしがわかる遺物が出土している。採取や漁労、狩猟などによる定住生活が主流となり文化が生まれました。各地で出土されるものは、当時の文化を知るための点として機能しています。中でも土器や土偶は人々を引きつけるものとなっています。

※Wikipediaより画像引用

※筆者撮影(2026年)
遮光器土偶に目を向けると、旧石器時代にヨーロッパで見つかった女性像に近い丸みを帯びた造形でありながら乳房に関しては明確な差異があることに気付かされる。亀ヶ岡遺跡などで見つかっている遮光器土偶では、鎧のようなものから違和感があるほど突き出た乳房が特徴的となっている。オーリニャック期の美術では、営みを象徴するように腹、足、胸において豊満な肉体が強調されているのに対し、遮光器土偶では腕や足に丸みを集中させ、胸の部分は控えめながらもインパクトある突起でもって性別を表現しようとしているように思える。しかし、こうした解釈はあくまで一個人のものであり、考古学の世界では裏付けとなる証拠を積み重ねながら、もっともらしい歴史観を編み込むことが重要となっている。
『縄文にハマる人々』では、縄文研究の第一人者の小林達雄を始めとする専門家から、いとうせいこうなどといった文化人を訪ね歩き、東奔西走しながら縄文時代の謎に迫っていくドキュメンタリーとなっています。
縄文時代の遺跡は、ピラミッドや神殿などと異なりほとんど遺っていない。しかし、日本のルーツを知るための出土品は見つかっており、それをどのようにして伝えていくのかが課題となっています。縄文関連施設ではロボットを用いたガイドや三内丸山遺跡の六本柱建物再現でもって、訪れる者に体験として歴史と触れ合う機会を提供しています。
本作では、正確に用途の定義をすることの重要性と難しさを物語っています。たとえば、キウス周堤墓群にて水曜日のカンパネラのコムアイがナレーションで墓の定義について語る。土を数メートル積み上げている場所がある。「墓」といっても墓に対する想いが、当時と異なれば誤った認識となってしまう。墓の違いを身分と結びつけたとする。身分の考え方を正確に捉えなければ、言葉は空虚なものとなってしまう。考古学はロマンに溢れているが厳格な学問であることが強調されるのです。『縄文にハマる人々』は、我々がなかなか経験できない多くの関連施設をフィールドワークして歴史の点と点を結んでいく考古学の活動を擬似的に体験できる作品となっています。

※筆者撮影(2026年)
後日、世界遺産検定マイスター仲間と共に青森へ旅行した。本作で一瞬登場する巨大な遮光器土偶の建物の場所を訪れてみた。ここは、博物館ではなく駅として運用されていたことに驚かされる。木造駅の1階には町興しとして遮光器土偶グッズが多数販売されており、また駅長に声をかけると遮光器土偶の目の部分を光らせてくれる。

※筆者撮影(2026年)
また、縄文住居展示資料館カルコで驚くべき事実を目の当たりにしました。てっきり青森で遮光器土偶の本物が鑑賞できると思っていたのだが、東京国立博物館に売ってしまった過去があり、レプリカしか展示されていないとのことでした。

※筆者撮影(2026年)
亀ヶ岡石器時代遺跡では今後、資料館を建設する計画があるため、遮光器土偶を返還してほしい想いがあるのだが、北海道・北東北の縄文遺跡群が世界遺産に登録された後も亀ヶ岡に本物の遮光器土偶が戻ってきたことはないとのこと。日本でも大英博物館のエルギン・マーブル問題に近い話があることを学んだ旅行でありました。
17.わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~(大墻敦、2023)|国立西洋美術館
2016年に世界遺産登録された東京・上野にある国立西洋美術館は、ル・コルビュジエが1955年に設計図を作り、弟子の前川國男、板倉準三、吉阪隆正がプロジェクトの中心となり1959年に建設された美術館。ル・コルビュジエが打ち立てた近代建築の五原則のひとつであるピロティが特徴的な建物は、実業家である松方幸次郎の「松方コレクション」を所蔵する美術館として機能している。国立西洋美術館のコレクションは、西洋美術を愛する者の心を刺激する。モネ「睡蓮」に始まりシニャック「サン=トロぺの港」、ロダン「考える人」と美術に関心がある人なら一度は本で目にしたことのある作品がずらりと並んでいるのです。そんな国立西洋美術館は2020年10月19日から2022年4月8日の間、館内施設整備のため長期休館となった。その時、中で何が行われたのか?『わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~』は我々が普段、観ることのできない美術館の裏側と国立西洋美術館が抱えている問題点を提示してくれる。
今回の館内施設整備の中心となったのは「前庭」の作り直しであった。国立西洋美術館の前庭の下には特別展の会場がある。天井部分は防水加工がされているが25年ぐらい経っているため、改修する必要があった。また、世界遺産に登録された際の努力目標として「前庭」をル・コルビュジエが考える本来のものに戻す必要があった。世界遺産登録には真正性が重要視されている。これは文化遺産が持つ、伝統や建築技法、思想が正しく継承されているかを表す概念だが、国立西洋美術館の「前庭」は真正性の観点で問題があったのです。映画はそんな大規模な工事の現場を追っていきます。
外の彫刻ひとつとっても、複雑に絡み合う土台を分析し、パズルを解くようにパーツの外し方を吟味する。また、館内の所蔵品をどのように魅せるのかを学芸員同士がディスカッションしながら決めていく。さらに、長期休館中であることを活かして国内外に作品を貸し出す取り組みも行う。膨大な作業を20名程度の学芸員や研究者で行う。
取材の中で、日本の美術界の予算不足問題も浮き彫りになる。昔から新聞社とコラボを組み、展覧会を行なってきた。税金で運用されているので、購入、レンタルする美術品が適切であるか緊張が走る。特にコロナ禍では現地に行って確認することができなかったため、写真で判断しないといけず、学芸員の緊張感は非常に高いものとなっていた。普段、見ることのできない美術館の裏側で情熱持って試行錯誤するプロフェッショナルの流儀を余すことなく魅せてくれる作品が『わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~』なのです。
18.沈黙 ーサイレンスー(Silence、マーティン・スコセッシ、2016)|長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
12もの構成遺産からなる長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、社会に折り合いをつけながら宗教と共生した潜伏キリシタンの歴史や文化を伝える遺産として2018年に世界遺産に登録されました。
潜伏キリシタンの壮絶な歴史を描いた作品として『沈黙-サイレンス-』があります。本作は遠藤周作の同名小説を巨匠マーティン・スコセッシが映画化した作品となっています。マーティン・スコセッシは1991年から映画化を計画していました。元々、カトリック信者であった彼は年を取るにつれて世俗主義と精神的なものの関係性に関心を抱き、どうしても本作を映画化したいと願うようになったとDEADLINEのインタビューで語っています。
遠藤周作の「沈黙」は、1971年に篠田正浩の手によって映画化されている。しかし、こちらは原作にあったような強烈な拷問シーンは抑えめであり、あったとしても表層的な痛みに留まっていた。
一方で、スコセッシ版は原作を忠実に再現したような場面がある。特に強烈なのは、まえがきの再現。
翌日、拷問は以下のようにして始まった。七人は一人ずつ、その場にいる
すべての人から離れて、煮えかえる池の岸に連れていかれ、沸き立つ湯の高い飛沫を見せられ、恐ろしい苦痛を自分の体で味わう前にキリスト教の教えを棄てるように説き勧められた。寒さのため、池は恐ろしい勢いで沸き立ち、神の御助けがなければ、見ただけで気を失うほどのものであった。
(中略)
囚人に服を脱がせ、両手と両足を縄でくくりつけ、半カナーラくらい入る柄杓で熱湯をすくい、各人の上にふりかけた。それも一気にするのではなく、柄杓の底にいくつか穴を開け、苦痛がながびくようにしておいたのである。
スコセッシ監督の作品といえば、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』などスタイリッシュな編集でテンポよく暴力的な物語が進行するイメージが強い、しかし本作では生かさず殺さずじっくり拷問にかけていく様が嫌というほど続いていく。
「踏み絵って面従腹背の精神でとりあえず踏んでおけばいいのでは?」
と敬虔ではないものが一度は思う疑問も、踏み絵自体が本質ではなく踏み絵を行うまでの心理的苦痛が重要であることに気づかされる。そしてロドリゴ神父が棄教したフェレイラ神父と出会った際の絶望感は、いかに潜伏キリシタンの歴史が痛ましいものだったかを静かに物語っている。
【目次】
【参考文献】
・すべてがわかる世界遺産1500(上巻) 世界遺産検定1級公式テキスト(世界遺産検定事務局 、2024/3/22)
・死ぬまでに観たい映画1001本 改訂新版(スティーヴン・ジェイ・シュナイダー総編集、ネコ・パブリッシング、2011/8/31)
・改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキス(美術検定実行委員会 、2014/5/19)
・続 西洋・日本美術史の基本(美術検定実行委員会 、2016/5/12)
・「オーバーツーリズム」のリスク、観光地の対応は…白川郷・仁淀川・浅草の現場から(讀賣新聞、2026/1/05)
・世界遺産のある町・北九州サイト
・高炉なくなる「八幡」に交錯 仕事失う危惧と6千億円投資への熱視線(江口悟、朝日新聞、2025/8/11)
・薬師寺東塔 大修理に挑んだ匠たちの現場レポート。「凍れる音楽」は今、どうよみがえったのか?(荻布裕子、中川政七商店、2020/1/26)
・なぜ富士山は世界遺産になったのか(小田全宏、PHP研究所、2013/8/27)
・世界の美術(アンドリュー・グレアム=ディクソン 、河出書房新社、2009/10/22)
・『溺れるナイフ』は中上健次で読み解ける!?特別試写会&クロストークに山戸結希監督らが登壇(MOVIE WALKER PRESS、2016/8/8)
・ユリイカ 2026年6月臨時増刊号 総特集◎中上健次 ―生誕80年―(青土社、2026/5/12)
・ナビCafe スクリーン名場面ロケ地ガイド【今月の映画】『溺れるナイフ』(ナビCafeパナソニック)
・佐渡金山(磯部欣三、中央公論新社、1992/8/1)
・縄文杉トレッキング(屋久島観光協会)
・学校に行けない子どもたち~日本初の不登校専門クリニックから見た最前線 日本における不登校の歴史【第2回】(時事メディカル、2024/9/2)
・ジブリの世界を感じる東北旅(旅東北 東北の観光・旅行情報サイト、2020/10/19)
・青森の絶景スポット4選。白神山地・十和田湖・鶴の舞橋・仏ヶ浦(Amazing Aomori)
・技術への問い(マルティン ハイデッガー 、平凡社、2013/11/8)
・パルテノン・スキャンダル(朽木ゆり子、新潮社、2004/9/18)
・沈黙(遠藤周作、新潮社、1981/10/19)
・Martin Scorsese To Make Noise On ‘Silence’ At Cannes; Emmett/Furla Funding The Film(Mike Fleming Jr、DEADLINE、2013/4/19)
※サムネイルの写真は『もののけ姫』のモデルでもある「白神山地」です。(筆者撮影)
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