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闇 669(新宿警察署編)

闇 669(新宿警察署編)

2026/09/03 thu
※この作品は反骨精神の塊。商業受けなど考えず、人気など気にせず、俺が書きたい事を書いているだけ。最高にロックだ。
前回の章


二千二十四年五月七日前半、火曜日先勝。

坊主さんの言ったセーフブラウジングのサイトステータス。

インカジ『レディ』の業務中、俺は何度もLBMAのURLを入力し、アルファベットへ目を通す。


Google のセーフ ブラウジング テクノロジーは、1 日に数十億もの URL を調査して、安全ではないウェブサイトを探しています。安全ではないウェブサイトは毎日新たに数千件も見つかります。

その多くは、正当なウェブサイトが不正使用されたものです。安全ではないサイトが検出されると、Google 検索やウェブブラウザで警告が表示されます。アクセス先のウェブサイトが現時点で安全かどうかは、検索して確認することができます。



「……」

LBMAって、唯一の世界で金取引をできる企業なんだろ?
それなのに何故、URLにLBMAの文字がどこにもないんだ?

あるのはLQMLQMという文字があるだけ……。

百五十万を入れれば、五十万足して、二百万入金するんだぞ?
そう虚言を伝えたのに、サイトまで偽物で詐欺師とグルなら、俺の金は戻ってこない?

そうだ!
若香に別の餌を撒いておこう。

『明日は休みだから、寝てから地元の川越行って、別の口座も作っておこうかなと思っています。作るというか、前にもっていた口座を再発行するだけですが。 岩上0:34』

初期横浜時代、財布を二回落し、キャッシュカードなんてそのまま放置状態だもんな。

麗美華が絡むと、俺はいつも大金を失っている思い出しかない。

三時から夜の十時までの七時間飲み続ける。
ボトルでブランデーのヘネシーVSOPを入れ、それを飲み干すとグレンリベット十二年を入れた。
結構会計いったかなと思ったが、請求額は六万三千円。
七時間掛ける三千円で二万千円。
麗美華の指名料掛ける七時間で七千円。
ドリンクを十杯は飲ませたので一万円。
ボトル二本で、二万五千円しか取っていないのか。
中々良心的な店である。
ヘネシーで二万三千、リベットで一万二千円というところか。
ブランデーとウイスキーを一本ずつ空けたので、さすがに酔いが回っていた。
会計を済ませ席を立つと、店長が「あ、岩上さん、お財布忘れてますよ」と手渡してくる。
意識はあるが、身体がよろけていた。
帰ってすぐ寝よう。
外へ出ると、どしゃ降りの大雨。
ビルの入口でタクシーが通るのを待ち、タバコに火をつけた。
財布の中の札を数える。
一万円札が三十八枚。
今日は結構散財したな……。
駄目だ、車が通る気配さえ無い。
俺は横浜駅根岸道路まで出て、タクシーを探す。
伊勢崎長者町の交差点まで歩き、ようやく黒塗りのタクシーが見えたので、大きく手を降って停める。
「すみません、横浜橋通商店街までお願いできますか」
「はい」
それにしても凄い雨だな。
昼間のデートの時に降らなくて良かった。
運転中、後部座席でついウトウトしてしまう。
「お客さん、着きましたよ! お客さん!」
いつの間にか寝てしまったようだ。
車は横浜橋通商店街入口で停まっている。
「あ、すみません、寝ちゃって……」
スーツの内ポケットに手を入れ、長財布を取り出そうとした。
「あれ?」
キャバクラを出る時会計してしまったはずの財布が無い……。
慌ててすべてのポケットを探す。
小銭入れはあるけど、長財布は?
「無い……」
俺は店からタクシーにしか乗っていない。
パニックになった。
「お客さん、困りますよ……」
タクシー代を急かす運転手。
「すみません、先ほど俺が乗ったビルの前までまた戻ってもらえますか! 多分、店に財布忘れてしまったみたいで……」
「……」
無愛想なタクシードライバーは、無言のまま車を福富町方面へ走らせた。
麗美華の店のビルまで着くと、俺は運転手へ声を掛けた。
「運転手さん、ちょっと待っててもらえますか? すぐ店行って財布取ってきますので」
「いや、お客さん! こんな雨の中困りますよ! 先にここまでの運賃払ってもらえませんか?」
俺は小銭入れを取り出す。
常に中は細かい金で五千円前後入れてある。
とりあえず福富町から横浜橋通商店街、また福富町への運賃千三百円を支払う。
外は変わらずの大雨。
「待ってて下さいね!」
タクシーを出る。
すると車はすぐ発進してしまう。
何だよ、あの運転手……。
またこの雨の中、タクシー捕まるようじゃないかよ。
店へ戻ると、店長が不思議そうな表情で近寄ってくる。
「あれ、岩上さん、どうかされましたか?」
「お店に財布忘れちゃったみたいで……」
「え?」
「先ほどお会計済ませたあと、帰る時に財布忘れていますよと、お声掛けしたじゃないですか」
「……」
そういえばそうだ。
会計を済ませているから店を出ている。
おそらく乗り込む時、右手に財布を持っていて、そのまま後部座席に置きっ放しだったんじゃないのか?
思い出すとあのタクシーの運転手の行動は確かにおかしい……。
また横浜橋通商店街へ戻るのが確定しているのに、一度会計をさせられた事。
そして待っていてくれと伝えたのにも関わらず、俺が降りたらすぐ逃げるように発進した。
あれは車の中に財布があるのを分かっていたからこその行為なんじゃなかったのか?
店ではソファーをどかしながら、店員たちが俺の財布を探してくれていた。
段々記憶がハッキリしてくる。
そう…、俺は確かにここで財布を受け取って店を出ていた。
タクシーを待つ時、中身を俺は数えていたのを思い出す。
三十八万の金があったのも覚えている。
「……」
あのタクシーにうまく財布を盗まれたようなものだ……。
項垂れながら外へ出た。
タクシーの領収書すら受け取っていない。
分かっているのは黒塗りのタクシーだったという事くらい。
本当に俺は馬鹿だ……。
こんな時に限ってタクシーは捕まらない。
俺はずぶ濡れになりながら、福富町を歩いた。
今日デートして、そのあと飲んで、帰ろうとしたら、財布を無くす。
浮かれているからだ。
大雨の中、麗美華へ電話をする。
財布を落とした事を伝えておく。
現金三十八万。
健康保険証に各銀行のキャッシュカード。
タバコのタスポ、クレジットカード。
あとは何だっけ……。
その他諸々。
はあ…、どこで財布を落としてしまったんだ。
考えられるのはあの黒塗りのタクシーしかあり得ない。
何故もっと冷静になれなかったのだろう。
死にたい。
自分が馬鹿過ぎて嫌になってくる。

「……」

何か俺って、人から利用されるか騙されるか以外の時は、財布落としたり盗まれたりろくでもない事しかしていないな……。

結局面倒で再発行したのは、競馬用のカードだけ。

残りの銀行については窓口に行けば、たくさんの口座を復活させられるだろう。
俺が金取引へ意欲満々なところをアピールしておかねば。

「……」

こんな事を言ったところで、本当に金が戻ってくるのか?
目に見えない黒い霧が全身を圧迫する感じになり、息苦しくなってくる。

それでも俺は同じように業務を淡々とこなさないといけない。

インターホンが鳴れば、キャッシャー室を飛び出して客席へ向かう。
もっと忙しいほうが、何も考えなくていいのに。

同僚たちと出前を頼んで胃袋へ入れたが、何を食べたのかすら思えていなかった。

仕事を終え、若香へLINEを打つ。

『仕事終わり、帰ります。 岩上7:01』

今日の休みをどう使うかで、俺の命運が決まる。

新宿駅へ向かおうとして方向転換。
無性に腹が減っていたので一番街通りへ向かう。
まずは腹ごしらえして、しっかり体力をつけておかないと……。

あ、松屋もその上にあった中華一番館も、もう閉業しているんだっけ。
コロナ緊急事態宣言の閑散とした歌舞伎町を思い出す。

仕事を終え西武新宿駅へ帰る途中、一番街通りの角にあった牛丼の松屋が閉店しているのが視界に入った。

2020/05/29 歌舞伎町一番街通り 松屋閉店

あの松屋閉店が閉店
コロナショックでだろうか?
道理で先日食事休憩に行った時、外国人店員が盛った牛丼が並なのに特盛りレベルになっていた訳だ。
あれは外国人が間違えたのではなく、もう店が閉まるからサービスで出したという兆候だったのか。
牛丼屋で賞と言われそうだが、この店だけはちょっとした思い入れがあった。
まだ俺が歌舞伎町へ来て駆け出しの頃。
確かワンオン系列のチャンプへ働きに行った初日じゃなかったか。
当時歌舞伎町のゲーム屋業界は三大系列と呼ばれる大きな組織があり、世永のいるワンオン系と呼ばれた組織は、リング、チャンプ、サニー、エースと四店舗もあった。
十円レートのサニーを除けば、あとはすべて一円レートの店。
西武新宿駅前通りのロッテリアのすぐ向かいにある地下一階のチャンプへ配属される。
この二十年以上前の頃は、一階が牛丼とカレーのメニューのみ、二階が定食系という変わった形式の営業をしていた。
当時早く新宿に着き過ぎたので、時間調整の為松屋へ向かう。
もう今では無くなったメニューのチキン定食を食べに二階へ行った俺。
その時ご飯が炊きたてで驚くほど美味しく感動し、お代わりをしたほどだったのだ。
ワールドワン時代、四百円だった牛丼が二百円後半まで値下げしてよく買いに来たのもここだった。
気付けば一階だけの営業と縮小していたが、この立地で潰れてしまうとはな……。

あれからもう四年近く経ってしまったのかよ。
そりゃそうか…、俺が心筋梗塞になって三年半。
それより前のラッキーハウスで働いていた時期だったもんな。

西武新宿駅前通りに行き、中華一番館へ入る。

安いだけが取り柄のこの店。
それでも今の俺は、もう贅沢なんてできる身分じゃなくなってしまうかもしれないのだ。

『さすがに腹減ったので! 冷やし中華、餃子、炒飯食べてから帰ります。 岩上7:20』

まずいつのもように若香には、俺が変化ないよう料理の写真を撮り、おどけた感じのメッセージを送る。

それにしても、本当にここの料理は不味いな。
餃子なんて、俺が作ったほうが絶対に美味いぞ。
今度作ってみようかな、久しぶりに。

自称俳優マンションへ帰っても、まるで落ち着かない。
九時になれば、百五十万が入っているさ…。

楽観視しながらコンビニエンスストアの前で待機。
時計を見て九時ジャストに口座を確認した。

「……」

まだ入っていない……。

時間ピッタリだからだろ?
もう一度残高を確認する。

変わらない数字。
銀行業務が連休からやっと始まったんだぞ。
俺のが最優先って訳じゃないだろう……。

それでも何度もATMの前に行き、同じ操作をした。

『食事はまだいいようですか。しかも今回の量は多いですね。 朱婧瑶9:32』

2024/05/07 LINE 若香

そんなのどうでもいいから、叔父や組織の上の連中に言って、早く百五十万を振り込ませろよ!

セブンスターに火をつける。
同じコンビニエンスストアを出入りしていたら、俺が不審者になってしまうよな。

別のATMへ行き、再び口座を確認。
平日十時になっても、未だ俺の口座へ金が振り込まれていない。

俺はIBML…、いや、IQMのインチキサイトへ入り、オンラインサポートへ駄目元で尋ねてみた。


LBMA exchange online customer service Anna

『九千七百ドルの引き出し手続きをしました。今千七百ドルの両替料を払ってください。 オンラインサポート』

はあ?
何を抜かしてんだ、コイツ?

『どういう事でしょうか? 岩上智一郎』

『通貨変換費を支払う必要がありますが、現在はドル対円のレートが高い。この費用はユーザ自身が負担する必要があります。 オンラインサポート』

うわ、そう来たのかよ……。

こりゃ俺の惨敗だ。
そもそも前に出金した時は、一円も掛かってねえだろが!
その為の手数料ニパーセントなんだろ?

いや、ここで怒鳴りつけてもどうにもならない。
考えろ、冷静に……。

待てよ…、確か俺のクレジットには二千ドル以上あったはず。

『千七百ドルが必要なら私の口座から引いて下さい。 岩上智一郎』

『申し訳ありませんが、個人の取引口座から差し引くことはできません。できるだけ早く払ってください。早くお金を下ろしてください。 オンラインサポート』

はい、詐欺確定っと……。

2024/05/07 IBML(LQM) オンラインサポート

こりゃ、もう俺の手に追える案件じゃないな……。



昨夜叔父を始め、若香やこのインチキサポートの詐欺師集団が集まって相談した結果がこれか。

百四十万は諦めるようか……。

道端で崩れ落ちそうになる。
ガードレールに手をつき、何とか体勢を整えた。

心筋梗塞で入院費を吐き出し、そのあと神田や河本マンションから三年間金を削られ続け、節約しながら貯めた金が、こうも呆気なく消えてしまうなんてな……。

右の拳をギュッと固める。
そのまま自分の頬を思い切り殴りつけた。

通行人がそれを見て驚いて立ち止まる。

「見世物じゃねえんだよ!」

意識が朦朧とする中、何とか立ち上がり、そのまま大久保通りの交番へ向かう。

「お巡りさーん」
「どうしましたか?」

「何だか詐欺に遭ってしまったようなんですが」
「え、詐欺?」

警官が慌てて立ち上がる。

俺はまずオンラインサポートの対応を見せたあと、若香や叔父とのグループLINE履歴を出した。
これまで百四十万円を入れてしまった事。
そのあと猛烈に借金のすすめ。

怪しいと感じた俺は、一昨日百五十万の出金手続きをサイトへ申請するが、二十四時間以内に振込が、ゴールデンウイークだからと言い訳。
明けた平日の十時過ぎても入金されないので、詐欺だと思ってここへ来たと正直に暴露した。

「その顔の腫れは、それでトラブルで?」
「ああ、これはさっきボーっと歩いていて、電信柱にぶつかっただけです。こんな事よりお巡りさん、これってもう俺が馬鹿だったから、金…、無理っすよね?」

大久保交番の年配警官は、俺と詐欺師のやり取りを凝視してから静かに口を開く。

「まだこれって、今さっきの事なんですか?」

「ええ…、おそらく向こうはまだ俺が詐欺に遭っているなんて気付いていない状態だと思います。だから早めにこうして来てみたんですけど」

「ちょっと待って下さいね?」
「はい」

警官は交番へ入り、神妙な顔つきで電話を掛けている。
俺は大久保通りに出て、神社の前でセブンスターに火をつけた。
罰当たりかなと思ったが、もう充分罰など当たっているじゃん。
神様などいない。
いたら、俺だけここまで立て続けにおかしな事に巻き込まれるのは変だ。

何が神に選ばれただよ?
どこが五十二歳で尊敬できる運命的な女性と知り合うだよ?

ただの詐欺師で、百四十万円を失っちまったよ、西谷泰人
二万五千円も払って、三十分で予言したのが詐欺の手伝いか?

吸殻を乱暴に道端へ投げ捨てた。
交番へ戻ると、先ほどの年配警官が俺を探している。

「あのですね、岩上さん。もしお時間あるようでしたら、交番でというよりも、これは新宿警察署まで行ってもらい、今さっき連絡しましたので、四階に刑事課があるんですね。そこへ行ってほしいんですよね」

「新宿警察署の四階…、そこに刑事課があるんですね?」
「はい、そうです。お時間は大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。今日は休みなんで問題ないですよ」
「では、ご足労下さい。電話はしてありますんで」

「分かりました。今から向かいますよ」

通りでタクシーを拾い、新宿警察署を告げる。
とてもじゃないが、新宿駅西口側にあるあんな場所まで歩く気力がなかった。

「運転手さん……」
「はい、どうしました?」

「俺…、詐欺で百四十万円失っちゃいましたよ……」

「え? それは災難な事で……」

新宿警察本署へ到着。
今って、取り調べ中はタバコ吸えないんだよな?

入口の写真を撮る。

2024/05/07 新宿警察署 入口

それからセブンスターに火をつけ、ゆっくり味わった。

巣鴨警察署にいた刑事の出口さんみたいな人だったらいいんだけどな……。

二日目の調書は、昨日と変わらない内容を押し通した。
最近になってワープロを覚えたという出口刑事はたどたどしくキーボードを打ちながら、俺の話をまとめていく。
昨日で調書はあらかた完成している。
ほとんど二回目は形式的にしているだけだった。
二回の尋問で分った事。
この目の前にいる出口刑事は人がかなりいいという事である。
そしてとても変わった男だった。
三国志の話や古代史の話が大好きな変わった刑事である。
「古代史によるとな、アメリカ大陸には日本人の先祖がいるんだ。昔は……」
「おまえ、パソコンやるだろ? いいか、それなら近くにサボテンを置いたほうがいいぞ。サボテンはパソコンから出る電磁波をうまく吸収する役割が……」
「テレビでよく報道されたオーム真理教あっただろ? あそこの指名手配されていた幹部の川俣、コイツは俺が取調べをしたんだぞ」
「君が代って国歌があるだろ? 『さ~ざ~れ~、い~し~の~』って。あれはだな。九州が発祥の地で、さざれやちよ神社って言うのがあるらしいんだ……」
……と常にこんな感じで刑事である。
要は、犯罪とは何の関係もないどうでもいい話が大好きなのである。
運がいい……。
俺は図に乗って願い事を言ってみた。
「刑事さん…。実は、今週の土曜日、学生時代の恩師のところへ、女を紹介しに行くところだったんですよ」
「で、何だ?」
「いや、あのですね……。このままだと恩師に対し、無礼な真似をする事になるじゃないですか?」
「しょうがないだろう。捕まったおまえが悪い」
「でも、婚約している女を紹介しますって言っているのに、バックレるのはまずいですよ」
「じゃあ、どうしたいんだ?」
「女に連絡を取りたいんですけど、今はOLなので仕事中です。だからメールを打っておきたいんですよ。駄目っすかね?」
俺は下をうつむきながら、悲しそうな表情になるよう懸命に演技をしてみた。
「しょ、しょうがないな……。手短に済ませろよ」
「あ、ありがとうございます、刑事さん!」
「ば、馬鹿、声がデカいっちゅうの! 早く打て!」
携帯電話の中身は調べられるとヤバいデータが多数あった。
なのでこれを機に、それらを消しておきたかったのである。
何が入っていたかって?
まずは浄化作戦時、歌舞伎町に来ていた覆面パトカーの車番である。
全部で三十台分以上のナンバーを俺は携帯に控えておいたのだ。
それに私服で歌舞伎町を歩き回っていた刑事の顔写真も、十名は入っている。
歌舞伎町にいる頃は、常に周りと情報のやり取りをしていた。
裏稼業の世界でこういった情報は非常に重要である。
パクられるのを回避できる可能性がグッと増えるからだ。
まさか自分が捕まるだなんて想像もしていなかったので、消しておかねばあとあと面倒になるのは目に見えていた。
まあこの出口刑事に対して俺は嘘をついていない。
学生時代の恩師のところへ週末、行く約束をしていたのは本当だし、女を連れて行く約束をしたのも事実だったからである。
まずは俺が、巣鴨警察に捕まったというメールを知り合いに送ろう……。
『巣鴨警察にパクられちゃった! 岩上智一郎』
それだけの短い文を打つと、俺は仲のいい知り合いへ一斉に送信する。
その送信メールをすぐに削除してから、ヤバいデータを次々と消した。
今頃メールが届いた仲間連中は見て大笑いしているだろう。
最後にワザと長ったらしいメールを女宛てに打ち出した。
『迷惑掛けてすまない。一ヶ月弱は巣鴨の留置所から出られないだろう。で、今週末、俺の高校時代の恩師の家へ一緒に行く約束をしていただろ? このままじゃ何も連絡取れないので、おまえから先生にうまく伝えてほしい。心配掛けて本当にすまない。とりあえず俺は元気で毎日を過ごしているから、出たらうまいものでも食いに行こう。え、何を食うかって? そりゃあ肉しかねえだろ。焼肉…、いや、肉の塊をガバガバと食いたい。だとすればやっぱステーキになるかな。ここは肉なんて洒落たもん一切出ないからね。肉食の俺にとってそれだけは本当に辛い事だ。まあそんな訳で、先生の連絡先を載せておくから連絡頼むな。心配するだろうからパクられたなんて言うなよ? うまい具合に説明しておいてくれ。 岩上智一郎』
「刑事さん、ありがとうございます。今、打ち終わりました。これを送っていいでしょうか?」
「どれ?」
俺の書いた長文メールをじっくり眺める出口刑事。しばらくしてからゆっくりと口を開く。
「駄目だ、これじゃ」
「え、何でですか?」
「ここを出たら一緒になろう…。その台詞が抜けてるぞ! 書いてやれ」
「真顔で何を言ってんですか、まったく……」
俺は刑事を無視して、メールを送信した。
取調べが終わると、留置所へ戻される。
しばらく暇を持て余していると、弁護士が面会に来たようだ。
俺はこれまでの調書の流れを説明し、オーナーとして出頭する松本にはいきなりじゃなく一週間後ぐらいがいいだろうとアドバイスをする。
通常の面会だと常に俺の横に警官がいるようだが、弁護士の場合だけ一対一で話せるのだ。
「オーナたちから何か預かってきました?」
「はい、着替え一式と、五万円の差し入れを入れてます。他に何か欲しいものありますか?」
「う~ん、そうだなあ…。雑誌…、雑誌を入れてもらえますか?」
「どんなのがいいですか?」
「俺、結構な量を読みますよ?」
「ええ、何でも差し入れます。言って下さい」
「えっと月曜日はヤンマガとビックコミックスピリッツ。火曜日がアクションで、水曜日は少年マガジン。木曜日が週刊プロレスとヤンジャンとヤングサンデー。金曜日は漫画ゴラク…。そのぐらいですかね」
「まとめて差し入れますから安心して下さい」
「ありがとうございます。で、どうでしょう? この状態ならうまく検事も騙せるでしょ?」
「そうですね。あとは松本さんが出頭して口裏を合わせれば問題ないかと思います」
「みんなにはよろしく言っといて下さい。中で元気にやってると」
「了解しました」
面会が終わると、俺は再び牢屋の中へ戻される。

タバコを揉み消しながら、三十三歳のあの歌舞伎町浄化作戦で捕まった留置所を思い出す。

まあ今回はパクられるのとは違い、詐欺被害でここへ来たのだ。
ちょっとは成長したのか?
している訳ねえだろ……。

あの頃って、漫画雑誌をちゃんと買っていたけど、今じゃインターネットでデータをすっぱ抜いて、本をまず買わなくなったもんな。
これも俺の新宿クレッシェンドを全国出版しながら、印税をくれずに裏稼業という地獄へ落ちたせいだ。

あの時は裏ビデオの猥褻図画でも、世の中の景気を回していた。
今回はインカジで賭博法に引っ掛かるけど、あれは現行犯だから関係なし。
ただ昔より漫画を買わなくなった分、経済を回さなくなったなあ。

ひょっとして詐欺に遭ったのも、こういった日々の積み重ねの罰?
ふざけんじゃねえ!

吸殻を入口の横へ放り投げると、近くにいた警官が怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
まあこのぐらい勘弁してくれよ、金失って辛いんだからさ。

受付で新大久保の交番から、詐欺で連絡入っているはずと伝え、エレベーターで四階の刑事課へ促される。

まさか裏稼業で働く俺が、詐欺に遭い、こうして警察へ来るなんてね。
因果なものだ。
エレベーター前にあるご案内をカメラで撮り、到着すると中へ入った。

2024/05/07 新宿警察署 署内

えーと、刑事課は四階って言っていたよね?
これも何かの記念だろう。
意味もないエレベーター内を撮影。

2024/05/07 新宿警察署 エレベーター

刑事課へ到着すると、一人の三十代か四十代ぐらいのちばあきおの『キャプテン』に出てくるイガラシみたいな刑事が出迎えてくれた。

あのお猿さんのようなイガラシが、歳を取ったらこうなるのかと思うとつい吹き出してしまう。

通路を歩き、取調室へ入る。
イガラシ刑事は、内ポケットから警察手帳を取り出し、「三田と言います。今日は担当の刑事が他の取り調べで席を外していますので、私が代わりにお受けします」と早口で言った。

ヤバい…、三田と言ったっけ?
漢字二文字で、平仮名二文字なのは聞き取れたけど、イガラシのせいでちゃんと名前分からなくなってしまったぞ。
まあ刑事さんと言っておけば問題無いだろう。

まず紙を渡され、俺は自分の名前や生年月日、今住んでいる大久保の自称俳優マンションの住所を書く。
身分証明書は運転免許証と保険証を見せていると「あ、岩上さんお掛け下さい」と言われ椅子に座る。

まず若香のLINEのプロフィール画面を見せながら、これまでの詐欺の過程を説明する事にした。

2024/05/07 LINE 若香プロフィール

フェイスブックの寳尺あさみから、まず俺の料理の投稿へコメントで始まり、メッセンジャーで話し掛けてきた事。
その日の内に、こっちは使い方が慣れていないからとLINEへ誘導された事。

『大丈夫ですよ。そうだな。若香は三歳から父とシンガポールに引っ越して生活したからです。ただ、毎年大阪に帰って祖母を見舞います。イチローさんはおいくつですか。若香さんは四十二歳になりました。現在シンガポールの豊隆グループで働いており、主に行政、人事、人材を担当しています。普段も金の投資と医美整形を行っています。 寳尺あさみ』

初期の頃のフェイスブックから来たメッセージ。

『イチローさんは素敵ですね。剛香があなたに質問したイチローはまだ言っていません。LINEを使わないのか、言いにくいのか。若香は普段あまり見ていないからです。イチローさんがLINE若香を使えばすぐに情報が見えます。 寳尺あさみ』

フェイスブックからLINEへ誘導された時の状況。
細かく証拠を見せていく。

「LINEへ誘導してからの詐欺って、本当に多いんですよ」

イガラシ刑事は画面を見ながら頷いた。
本当にモンチッチのような猿顔だ。

高円寺の占い師の事は、勝手に俺が当て嵌めただけなので、あえて言わないようにした。

これはどう考えても妄想した俺が悪い。
お互いの母親の境遇など、始めは近況をとにかく毎日話した事。

今思えば、若香は俺が母親と仲が悪いまま亡くなった事を言ったあと、後出しで自分の母は三歳で亡くなったと言っている。
つまり会話を調整していたのだろう。

四月四日から始まったこの奇妙な出会い。

ちょうど彼女のいなかった俺は、寂しさを紛らわすのも手伝い、連絡しない日はないほど、数十回のやり取りをした事を正直に話す。

詐欺に遭ってここへ来たのだ。
恥も外聞もなかった。

途中で若香が、世話になっている叔父へロレックスをプレゼントする話になり、金銭的に余裕ある子なのは知ったが、特に興味を覚えなかった事をつたえる。

日常的な会話から、突然XAUUSDの金取引をしているという話を持ち出してきた若香。

しかし俺は興味無いと、その話題には付き合わないようにした。
別にそれで離れるなら、会った事も無い女なので構わない。

すると彼女は、また俺の会話の内容に合わせてくる。

気付けばお互いの過去のトラウマを話し、まるで傷の舐め合いみたいな会話をするようになった。

まだ出会って二週間とはいえ、毎日連続でオシドリ夫婦のように仲睦まじく過ごしてきた俺。

愛着を持ち始めた頃、若香はまた金取引の話を持ち出してくる。

しつこく金の取引の話をされ、デビルマンに変身して麗美華を抱こうとしたり、中国人のリオへ精子をぶっ掛けた事は伏せておく。
赤裸々であるが、必要以上に事件と関係ない恥まで言う必要性は無いと判断したのだ。

思えばこの辺りで手を引いていたら、金を失わないで済んだんだよね……。

日本語が不自由だという割に、何故か金取引の説明になると饒舌になる事は言った。
そしてLINEのビデオ通話。
結局電波が悪いと言われ、相手の顔を見られなかったが、ここで信じてしまった事を伝える。

自分に何が不利で、どこが有利になるかの分別。
これは狡いところでもあるが、被害に遭ったのはこちら側なので、この程度はいいと思う。

それからはまな板の鯉同然だった。

親近感を覚えた俺に対し、若香は金取引のサイトへ登録しないなら、もう付き合いを辞めると言い出す。
焦った俺は、無料だし登録ぐらいいいかとサイトへアカウントを作ってしまう。

ここまでお膳立てされたら、詐欺師集団のお膳立ては整っていたのだ。

しかしこの時点でまだ金は絡んでいない。
彼女は日常的な会話を入れながら、六月末には日本に来ると何度も話す。

若香は会話にいつも挟んでいた叔父を紹介。

2024/05/07 若香の叔父 ZhuMin

当然彼女と会いたかった俺は、五万円程度ならいいかとサイトへ入金。

始めはいきなり取引をせず、叔父は経済の薀蓄を披露。

「入金はこんな感じで案内来ます、もちろん振込先は毎回違います」

2024/05/07 IBML(LQM) オンラインサポート

「サイトウザーク? これ、個人名ですよね?」
「ええ、海外サイトで円とドルを交換するのに、一度役員を経由しないとすぐ入金できないからと説明されて……」

思えばここで、この違和感に気付けばよかったのだ。

そして四月末になると、金を実際に賭けさせて、数千円を儲けさせる。

それをすぐ出金手続きしろと指示。
実際に俺は一万円が口座にすぐ入ったのを確認し、こんな投資があったのかと一気に傾く。

気付いた時には坂道を転がり落ちるようだった。
三十万円を追加し、次は五十万、また五十万と金をどんどん入れていく。

「確かに儲かるんですよ、このサイト上での数字では。赤字がプラスです」

俺は偽サイトLQMの画面を出しながら、イガラシへ説明。

2024/05/07 IBML 取引履歴の順序

「会った事のない女性の言い分を、一方的に信じてしまったと?」

イガラシ刑事が真面目な顔で聞いてくる。
本当にそっくりだ。

「最初に出金手続きしたら、すぐ俺の口座でも確認できました。それからプラス十万、五十万、五十万、二十六万で百四十万入れ取引をやりました。元手が増えているので当然儲けも上がります」

2024/05/07 IBML XAUUSD取引

「ふむ…、ここでお金をたくさん入れてしまったと……」
「ええ、恥ずかしい話なんですが、この子が六月末になれば日本に来る。あと二ヶ月で、俺はいくら儲かるんだろうと騙されていました」

「最初は実際にお金が口座に入ってきたんですか?」
「ええ、もちろん証拠もあります。だからこれも信憑性の一つで信じてしまい、一気に金を入れてしまいました。馬鹿ですよね、ほんと……」

「岩上さん!」

「え? 何でしょう?」
「岩上さんが悪いのではありません! 騙す方が悪いんです! そんな自分を卑下しないで下さい!」

何だよ、いい事言ってくれるじゃねえか、イガラシ……。

さてはおまえもキャプテン読んでいた口だろ?
中学校の時、絶対坊主頭で野球部に入ったろ?

俺は五月に入ってからの続きを話す。

毎日金取引をしながら増えていくクレジット。

若香はそんな俺に対し、将来一緒に過ごしたいと甘い言葉を連発され、重い過去も打ち明けられたのもあり、タイプではないのに自然と彼女との先を想像してしまう。

俺の入金できる限度が来ると、叔父は突然豹変したようにローンをしろ、知人から金を借りろ、家は一軒家かと、やたら金の話をするようになり、ここで初めて異変に気付く。

この時、百四十万円を入れてしまったので、詐欺だと思いつつ、下手に動かないほうがいいと判断。

しかし若香は自分のパスポートを見せてきて、真偽のほどがあやふやになってしまう。

叔父だけが卑しいのか?
若香のパスポートを見せながら、イガラシへ聞いてみる。

2024/05/07 若香 偽造パスポート

「これって、今思うと偽物なんでしょうけど、ここまで凝ったものを見せられたら、少しは信じてしまうじゃないですか?」
「うーん…、現段階でこれが本物か偽物かの区別は、私には分かりません。ちゃんと調べてみないと」

それから叔父はグループLINEでは常に金を用意できたか、若香まで中途半端に口添え。
この辺でやはり詐欺なんじゃないかと。

送金の限度額を上げろとも言われていたのをきっかけに、いいアイデアを思いつく。
友達が金を貸してくれるから一度金をおろし、一気に金を入れるという嘘で現金を取り戻そうと思った。

だが、ゴールデンウイークの連休中というのもあり、七日の平日になるまで口座には金が届かないと、オンラインサポートに言われ、今日まで我慢する。

そこで朝十時になっても入金されず、オンラインサポートへ聞くと手数料で二十六万円払えと無茶な要求を言われ、詐欺と気付き大久保交番へ駆け込んだ。

あ、そういえば朝の若香のLINEに対して、俺はまだ返事をしていない状況だったっけ。

「刑事さん、ちょっと実験でこの詐欺師にLINEしてみますよ」

「いや、岩上さん! 詐欺師何で、これ以上関わらないほうが……」
「大丈夫ですよ、そこまで馬鹿じゃありませんから」

刑事立ち合いの元で、俺は若香へLINEを打つ。

『食い過ぎでしたね。 岩上13:17』

画面を見せると、イガラシ刑事は意味不明な俺の文面に吹き出しそうになり必死に堪えているのが分かる。
そりゃそうだろう。

詐欺に遭いましたと深刻な話をして、まだ詐欺師と切れていないからやり取りをすると言って、話した文面が食い過ぎなのだから。

今回は俺自身隙があり過ぎて、ちょっと欲に目が眩んだ結果なので自分も悪い自虐的に言った。

「岩上さん! 岩上さんが悪いのではなく騙す方が悪いのです!」

そう再度強く力説される。
俺もこの段階になり、金が戻ってくるとは思っていない。

ただこれ以上被害者を出したくないのと、詐欺リアルタイム中のやり取りなら、ひょっとしたら警察も捕まえる事が……、いや、無理だよな。

「岩上さん、こちらが警視庁のメールアドレスなんですね」

イガラシ刑事は、印刷された紙に書いてあるアドレスを見せてくる。

shinjuku-kyokohan@keishicho.tokyo.jp

俺はメモに手書きより、実際に空メールを送ったほうが確実だと思った。

「ちょっと待って下さいね。今携帯から実際にここへメール送信しますから」

2024/05/07 新宿警察4F刑事課取調室 岩上智一郎Gmail警視庁アドレスへ送信

時刻は十三時五十四分に、警視庁アドレスへ俺のメールを送信済みと。

「こちらに証拠があればあるほど、捜査しやすくなりますので、先ほど見せてくれたスクリーンショットや、相手とのLINEのトーク履歴など、とにかく下さい」
「ええ、分かりました」

一旦帰ってパソコンを使わないと、まとめるのが一苦労だな。

雑談も交えながら、イガラシ刑事と色々な話をした。
時刻を見ると十四時過ぎ。

言いたい事も、証拠も全部見せられた。
あとは帰ってから、警視庁メールへ証拠を送るぐらい。

「金を取り戻すのは難しいですよね?」

「ええ…、振り込んでしまったあとですと…、おそらく戻らない状況のほうが多いかと思います……」

「入金の際、サイトウザークや、別の名前の口座が色々あったんです。これってひょっとしたら……」
「多分…、通帳を名義貸しとかで売ってしまったものかと」

「色々な銀行あるじゃないですか? そこへこのサイトウザークとかの名前言えば、少しは」
「ええ、それはやったほうがいいと思います!」

その場でイオン銀行や、振込先の銀行へ電話を掛けてみる。

「駄目です、刑事さん…。コールは鳴るけど、どこも出ませんね……」
「できればですけど、繋がるまで頑張って下さい」

この野郎…、時間との勝負なのに、警察は協力してくれないのかよ……。

まあこのイガラシ刑事は、顔がお猿さんなだけで、悪い人間ではない。
あまり変な風に思うのはやめておこう。
親身になって調書を取ってくれたのだから。

「じゃあ刑事さん、俺そろそろ帰って証拠をメールで送りますね」
「ええ、多ければ多いほど、こちらも動きようありますから」

「今日はありがとうございました」
「岩上さん…、騙す側が悪いんですから……」

「本当に骨の髄からいい勉強になりましたよ」

俺は一礼して部屋を出ると、エレベーターのボタンを押した。


※2026/09/03警視庁へ連絡した刑事との音声。

※2026/09/03警視庁へ連絡した刑事との隠蔽音声。





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